8話
デモニア事件に巻き込まれた翌日、華怜はだいぶ上の空だった。
あんな体験をして全く動じないことなんて無理がある、日記に思うまま書いて整理したつもりではあるがそれは本人の主観であり周囲からはまるでそうみられていなかった。
「華怜さん、どこかお加減でも悪いのですか?」
「ありがとう唯さん、体調がすぐれないわけではありませんからご心配いりません」
隣席に座る級友の唯に心配をかけられて華怜は微笑みそう返答したものの唯の表情は曇ってしまう。
「では、何か心配事でもおありになるのですか? もしそうなら言っていただければ少しはお手伝い出来るかもしれませんし……」
「本当にたいした事ではありませんから」
そう華怜は唯に告げて話を終えようとしたが、唯は悲しげな表情で『私たち、お友達ではありませんでしたの?』という無言の非難をしてきた。
流石にそんな表情をされては別に隠すほどの内容でもないのだからと華怜の心が動く。
「実は昨日、モモさんに助けていただきまして……」
「モモさんに! お怪我はありませんの!」
まだ話始めだったが唯は驚いて声を上げて遮ってしまう。とはいえそれは仕方がない、たいした事ではないと聞かされていながら話題に魔法少女モモの登場である。
モモを目撃することはそう難しくはないが、モモに助けてもらうという事=相手は間違いなくデモニアという図式が一般的である。
「だ、大丈夫です。傷つけられる前に助けに来ていただけましたので」
「ですが、危ない事に遭った事に違いはありません!」
華怜は椅子を蹴飛ばし駆け寄ってきた唯に慌てて声をかけるがそれでも興奮する唯は静まらない。
「それに私も結構鍛えてますから何とかなり……?」
華怜はなんとか唯を落ち着かせようと言葉を紡ぐが途中で言葉を途切れさせた――何故かクラス中の注目が自分に集まっているように感じたのだ。
そしてそれは気の所為では無かった――クラスメイトが華怜のもとへ押し寄せてきたのである。
「モモさんに会ったんですって!」
「どのスタイルを見る事ができましたの!」
「ちょっと、貴女達! 華怜さんは危ない目に遭ったというのにその反応はいったい!」
「モモさんに助けてもらって無事なんだからその話はいいでしょ!」
「逆に怖い体験を根掘り葉掘り聞きだす方が余程無神経ではなくて?」
「そうそう、みんなモモさんの事は知りたいんだし、明るい話題にしようよ」
一気に詰め寄られこの状況である、華怜は頭が真っ白になったが状況はすぐに把握できた――何しろ、詰め寄ってきた級友達の興味はモモに向いていたのである。
モモは全国レベルで人気がある、それは天下原女学院も例外ではない。
可愛らしい容姿と天衣無縫な性格で広く知られているもののデモニアを相手にした際に見せる日本刀のように鋭く美しい戦士の顔というギャップ――更にはその小さな体に負け知らずの力を秘めた正体不明の同じ学院生徒(推測)である。
そんな相手に興味がないという事の方が無理であり、仕草が狙っているかのようにあざといと全国レベルまで広げると女性から否定的な意見が極一部あるが嫌う要素は圧倒的に少なく、モモの中に自分の好む何かを見つければ一気にモモの魅力に引き込まれるという女の子である。
同じ学院生(推定)としてモモの活躍は誇りであり、新たに学院に入学してくる生徒達はモモに出会える事を少なからず期待している……華怜は属していないがファンクラブがいくつもあるらしい事は知っていたが、この様子ではこのクラスの大部分はファンクラブに入会しているのかもしれない。
容赦のない質問攻撃に答えたりスマートフォンの中にある写真を見せたらあっという間にひったくられてしまったりと色々あったがその時間は次の授業まで乗り切った。
大変疲れたがそれで終わり――だと思ってしまった華怜はモモの人気を甘く見ていた。
授業も終わり、次の業間休みに入ると聞き足りなかった級友たちと噂を聞きつけた他のクラスから生徒が押し寄せてくる――そこでようやく華怜も事態を悟った。
あ、これは今日1日休む暇がなくなる感じですね……と。
その予測は次の業間休みで上級生まで集まり始めてとあるお誘いを得た事で確信に変わった。
上級生曰く、お昼休みを一緒に過ごしませんか? とのこと。
特に顔見知りでもない上級生と年齢差を意識して当たり障りのない会話と昨日の出来事の話をしながらお食事をしなければならないという――華怜にとって疲れるだけで何の利益も無い。
どう断ると角が立たないかと思案している間に予鈴が鳴り、上級生たちは一方的にお昼休みを楽しみにしていると告げて速足で去っていく。
あまりに唐突な行動に華怜が呆気に取られている間に上級生たちは姿を消していた。
そしてとうとう騒動が昼休みに起こった。
昼休みになると最後に一方的に昼食に誘ってきた上級生が複数の上級生と共にやってきたがそこに待ったをかけた上級生を含む生徒達がにらみ合いになってしまったのだ。
待ったをかけた側の言い分は華怜が約束を了承したわけでもないのにあたかも約束をしたかのように押しかけて強要するのはよくない、そんな人たちから守ってあげるから一緒においでとのこと。
華怜は後で知ったのだが先頭でにらみ合っている上級生は対立するモモファンクラブの会長との事だ……ファンクラブで対立する理由が華怜には分らなかったが、会長同士がライバル関係で自然とそうなったらしい。
どちらにしても上級生のどちらかに角が立つ形で昼休みを華怜は過ごさなければならないらしい。
「皆さん、下級生のクラスで一体何事ですか?」
そんな中、涼やかな声が響き一人の上級生がクラスに立ち入ってきた。
背は華怜より少し低いくらいだが、華怜を取り合って対立していた生徒達より少し高く髪は肩で切りそろえた少し目つきの鋭い女生徒である。
その人物の登場に華怜は胸をなで下ろした。
「どなたでも構いません、状況を説明なさい」
その人物、中津巴は対立の中心に居る自分より上級生を的確に見抜いて問いかけ――生徒会の副会長でもある彼女を相手に誰も言葉を濁して要領を得ない事を確認するとこれ見よがしにため息を吐いた。
「天下原女学院の生徒として恥ずかしくない行動を取ってください――それから宝蔵院生徒会会長補、期限を本日始業前とお願いしていた案件について貴女からの報告がなされていません」
無作法をしていた生徒を巴は窘めると今度は華怜に目を向けて少し目を不愉快気に細めながら苛立ちを隠しきれていない声音で問いかけた。
生徒会会長補とは一般的ではない役職だが、天下原女学院内で進学した際に卒業時の役職が生徒会役員であった新入生を生徒会役員選挙が行われるまでの間に暫定的に生徒会役員の補佐職につけるという天下原女学院の伝統である。
華怜は中等部時代に生徒会会長を務めたために高等部では生徒会会長の補佐職となっているが……権限のない言わば名誉職扱いで華怜の記憶では会議の出席以外は今は仕事らしい仕事は無かった筈であった。
「えっと、と――中津生徒会副会長、申し訳ありません、一体何のお話でしょうか?」
幼なじみの登場に安堵した途端、身に覚えのない事を言われて華怜は思わずいつものように名前で呼ぼうとして――巴が更に目を細めたので慌てて生徒会役務時の呼び方に変えて問いかけると巴は1度目を閉じて感情を整える様に時間を空けると目を開いた。
「宝蔵院生徒会会長補、あなたの身に起きたとされる事は私の耳に入っています。大変な体験をして未だにそれ以外の事を考える余裕がない事は理解できますが、残念ながらそれは生徒会の業務を蔑ろにしてよい理由にはなりません――もう一度説明をしますので昼食を持って生徒会室へ直ちに来なさい、これは生徒会副会長命令です」
華怜の体験に同情しながらも巴はあくまで私的な事情として厳しく告げ、2つの勢力の間で板挟みに遭っている華怜を堂々とかっさらうと宣言した。
「生徒副会長! それは……」
「では貴女、生徒会の公的業務より優先すべき用事が彼女に対しあるのですか?」
「い、いえ、そういう訳では」
「では、問題ありませんね――会長補、急ぎなさい」
とっさに異議を申し立てようとした女生徒に対して巴は正論で容赦なく問いかけて退けると踵を返して教室を後にする。
「も、申し訳ありません、命令ですので」
華怜は自分を巡って対立していた女生徒たちに一言詫びを入れてから慌てて弁当を手に巴を追いかける。
華怜が教室を出たとき既に巴は生徒会室に向かう最短経路の階段に消えた直後であり待ってさえくれないという事実に華怜は大事かもしれないと足を速める。
結局生徒会室まで華怜は巴に追いつく事が出来ず扉の前で足をとめてノックする。
「カギは開いています、入りなさい」
「失礼いたします」
ノック直後にそう返事があり華怜はドアを開けて生徒会室に足を踏み入れた。
生徒会室の広さは教室の半分程で部屋の中央に陣取るアンティークな長机が一台と教室にあるような簡素なものではなくしっかりと細工の施された椅子が六脚置かれており、片側の壁には教室のサイズと変わらない黒板が備えられ、反対側には資料用の棚が並んでいる。
巴は部屋の隅に備え付けられている電気ポットの前で急須にお湯を注いでいる所だった。
「お疲れさま、さっきも言ったように噂は私のクラスまで届いています」
巴は急須と湯呑を2つお盆に載せて長机の上に置いてあるランチボックスの傍にお盆を置くとそこで口調を変えた。
「なんてね――堅苦しいのはここまで、華怜も2人だけなんだしいつも通りでいいよ」
「巴姉、流石に生徒会活動中なのに……」
華怜は巴の隣の椅子に向かいつつここに呼ばれた原因を確認しようとしたが、巴は呆れた顔をして華怜を見ていた。
「何を言ってんの、そんなの嘘に決まっているでしょうが――権力とはああいう時に使いなさい」
「巴姉ぇ……そんな話は知らなかったから変だとは思っていたけど」
「敵を欺くにはまず味方から――さ、早くご飯にして詳しく聞かせなさい」
何のことはない、巴は幼馴染である自分を公私混同してまで守ってくれたのだと華怜は察して席に着いた。




