Pq35880世界 大賢者の島 【全知】
ここ、大賢者の島に住む人口は約1000人。
その一人ひとりが何かしらの強大な力を持ち、島どころか世界を崩壊させかねない能力を持つ人間も少なくはないのだとか。
しかしそんな世界も、誰かの能力によって滅亡することはないらしい。
このことは全知の能力を持つストリングスのお墨付きである。
この世界の、少なくともこの島の人間はみな賢い。
それは知識や学力といった意味ではなくて、生きていくうえでの本質的な意味で賢いのだそうだ。
そんな大賢者の島に紛れ込む、事実上はただの一般人である僕。
そんな僕は今、転生者ストリングスとキャッチボールをしていた。
「ストリングス、純粋な疑問なんだけどさ。」
「うん。」
「全知って、生きてて楽しい?」
「うん、楽しい。」
「ははは、即答ね。」
勝手なイメージだが、全知という能力は生きることに絶望するものだと思っていた。
やることなすこと起こること、すべてを知っているなど、面白いことなど何もないのだろうと。
「たとえばさあ、フォーはキャッチボールをするとどうなると思う?」
「は?」
「いいから、シンプルに答えてみ。」
「……疲れる。」
「せーかい。」
たどたどしいフォームで、お世辞にも上手とは言えないボールを放るストリングスだが、その表情は嬉々としていた。
「キャッチボールをすれば疲れる。運動になるからおなかが減る。もちろん汗だってかく。
そんなこと全知じゃなくたって、誰だってわかること。
じゃあ、結果のわかりきっているキャッチボールは楽しくなんかないのかな?」
「……いや、そんなことはない。」
「そう、答えは楽しい!
結局、ただ知っていることと自分で実際に体験することは全然違う。
だから全知だから生きることに絶望している、なんてことはないよ。残念だったね。」
なるほどそういうものなのか。
たしかに納得のいく理屈ではある。
それにしてもまったく、何もかもお見通しってわけだ。
「それにしてもストリングス、運動神経悪いね。
そんなんじゃあ僕に殺されるんじゃあないの?」
「うっさいほっとけ!
それにフォーにはとっくにそんな気が無いってことだって、わかってるの!」
本当に、何もかもがお見通しだ。
僕が僕の記憶について興味を失わない限り、仮に可能だったとしてもストリングスを殺す選択肢など無い。
僕は既に、いや、この世界に足を踏み入れた時から、彼女の手のひらの上で踊っているようなものなのだろう。
こうなればもう僕はただ、状況に流されていくだけだ。
「ところで今日は昼からヒマなヤツらで集まることになってるから、フォーも一緒について来るように。」
「……了解。」
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「うおおおお、くらえ、核熱シュート!!」
「させるか、絶対結界バリアー!!」
核熱の能力者が力を圧縮しボールを蹴りこみ、それを結界の能力者が全身洗礼をもって抑え込む。
……というわけではなく、ただただ普通に蹴られたボールと、それを真正面で普通にキャッチするだけという状況。
世界さえ崩壊しかねない能力を持った連中が十数人集まって、することといえばごくごく普通のフットサルだった。
「いったぞ、止めろ新入り!」
「馬鹿、なに遠慮なんかしてんだ殺す気でボール奪え!」
特別なことは何もなく、言葉通りにただヒマなヤツらが集まって遊ぶだけ。
平和な絵面に、ここがPの世界だということを忘れそうになる。
「一応言っておくけど、他意はまったくないから。
難しいこと考えずに楽しんでみなよ。」
そんなストリングスの言葉の通り、平凡で楽しげな時間が続く。
フットサルは楽しかった。そしてそれはきっと、身体を動かしたことだけが理由ではない。
転生撲滅委員会のエージェントは、いわばその世界に送り込まれるスパイだ。
その世界の住人を欺きながら、心に闇を抱えながら日々を送る。
けれどこの世界では僕はただの無力な一人の人間で、僕が転生撲滅委員会のエージェントであるということを知られている。
そのうえでこうやって接してくれる人間がいることはが、きっと僕は嬉しかったのだろう。
そして次の日もまた次の日も、そんな日々が続いていく。
僕の記憶には一切触れられることもなく、けれどそのこと自体に特に不満もなく。
この世界での滞在猶予期間の10日はまさに矢のように過ぎていった。