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Pq35880世界 大賢者の島 【記憶】

 この世界の世界番号はPq35880。

 Sに近い世界ではあるものの、本質的にはAの世界に近い。

 摩訶不思議な現象やオーバーテクノロジーの類は存在しない。

 ただし、この大賢者の島に生まれ育った人間を例外として、である。



「無理だな、今回ばかりは。」



 空を見上げて、一人つぶやく。

 僕はエージェントAa004。

 僕を知る者いわく、転生撲滅委員会最強のエージェント。

 最も世界秩序の均衡に貢献する男だと、そう言われてきた。


 自負はある。

 未だに一度の任務失敗もないことへの誇りもある。

 それにしたって今回は無理だ。



「まあ、そんなこともあるでしょ。諦めてね。」



 僕のつぶやきを拾う女性。名前はストリングス。

 髪は肩まで伸びた亜麻色で、端正な顔立ちをしている。

 白の布切れとでも表現すべき非常に簡素なものを身にまとっているが、年端もいかぬ少女といった風貌で色気はない。


 そんな彼女はこの世界の転生者だった。

 しかしもはや任務をどうにかして達成しようという気も特に起こらない。

 それというのも出会いがしらの、彼女の第一声のせいだろう。



「やあ。はじめまして、転生撲滅委員会のエージェントAa004さん。

 残念だけど、あなたには殺されてあげないからそこんとこよろしくね。」



 この大賢者の島で生まれ育った者は、十歳を迎えるころに一つの超常的な能力を得るという。

 そしてそれらは以前任務で訪れたBu00100世界、ララマリアのような平和的能力であるとは限らない。

 ある者は自由自在の核熱の能力。

 その気にさえなれば世界丸ごとを巻き込んだ全人類道連れの心中すらも可能とする。

 ある者は定点自己再生の能力。

 望めば不老不死として生き続けることもできるが、反対に自信が望めば一般人と同じように息絶えることもできる。


 そして彼女、ストリングスの能力は全知。

 自身の望む情報のすべてを知ることができるという。



「重ねて残念なお知らせ。

 あなた、Aa004じゃあ呼びにくいからフォーと呼ぼっか。その名を名乗ることが一番多いみたいだし。

 フォーはこの世界ではなんの能力も持っていないよ。

 あなたたちがBu00100と呼んだ世界のララマリアではあなたにも能力が与えられたみたいだけど、この世界は残念ながらそんなに太っ腹じゃないみたいでさ。」



 緑豊かな大賢者の島のはずれ。

 海岸沿いを歩いていると突如として現れた彼女は、僕の動揺すらもお見通しといった様子で一方的に話すのだ。



「フォーがたとえ私を殺そうとしても、私にはそれが手に取るようにわかる。

 まあ、賢いあなたにはこれだけ言えば諦めてくれるってことすらもわかってるんだけどね。」


「……なるほど。」



 そして冒頭のシーンにつながるのだ。



「無理だな、今回ばかりは。」


「まあ、そんなこともあるでしょ。諦めてね。」


 と。



「でもフォーはあと10日はこの世界にいるわけだからさ。

 せっかくだから楽しく過ごしなよ。」


「ああ、なるほど。僕の滞在猶予期間までわかるのか。

 ……ちなみに駄目で元々のつもりで聞かせてもらうんだけどさ。

 キミの能力が読心じゃないってこと、証明できるかい?」



 そう、駄目で元々。

 だが、これまでのやりとりは読心の能力を持っていると仮定しても一応のつじつまは合う。

 もしも読心であれば、困難ではあるもののおそらく殺害は不可能ではない。



「つまりフォー自身ですら知らない事実を言い当てればいいってわけね。

 でもそれって、結局事実かどうかの証明のしようがないから堂々巡りなんだよなあ。」


「茶番はいいよ。本当に全知だというのなら、僕を納得させるくらいわけはないだろう?」


「はいはい、しょーがないなあ。」



 オホンと咳払いしたストリングスは、不敵に笑みを浮かべる。

 ニヤニヤとしたその表情に、僕はなぜだかとても不穏なものを感じた。



「フォー、あなたってさあ。

 自分がエージェントである以前の記憶って、無いでしょ?」


「……えっ。」



 思わず、情けない声が出た。

 僕がエージェントになる、『前』?



「あなたは今、こうして意識として世界を巡り、転生者を撲滅しようとしている。

 けれどそのあなた自身の意識は、どこでどうやって生まれたものなの?

 もともとはどこかの世界の生者であり、死ぬか何かで意識の海へとたどり着いた?

 それとも最初からあなたは意識だけの存在で、意識の海で自然発生的に生まれたの?」



 思わぬ話題に思考がついていくことができない。

 いや、頭がうまく働かない……?



「ところがあなたは今の今まで、そんな自分のルーツに疑問を持つことさえ叶わなかった。

 なぜならあなたは他者によって意図的に、そのことについて考えることができないよう思考を限定されていたのだから。」


「た、他者?」



 嫌な汗が身体中から噴き出す感覚。

 しかしそれを見たストリングスは、さらに意地の悪そうな笑顔を浮かべた。



「はい、いいところだけど、この話題はここまで!」


「は?」


「続きが知りたければ残りの日数、私と一緒に暮らそうか!」


「はあ!?」



 ……こうしてこの世界での、僕と転生者の同棲生活が始まったのだった。

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