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Aq89534世界 ラシア連国 【救心】

 今日の昼食はターニャが一緒に食べてくれた。

 今までにこんなことはなかっただけに、逆に不信感も生まれた。

 なんだか出来すぎている気がする。



「……」


「……」


 ターニャは私が精神的に壊れてしまうのを防ぐために、あくまで役として私に優しく接しているのではないか。

 優しい言葉を投げかけつつも、本心では私のことを実験対象としてしか見ていないのではないか。

 そんな風に思ってしまう。

 それでも、特に会話はなくとも側にターニャが居てくれるだけで、少し平静を保てる私がいた。



「ねえターニャ。ターニャはちゃんと、私の味方でいてくれる?」



 それなのに私の問いに、ターニャは悲しそうに首を振る。

 研究員に聞かれているからなのか、それ以上は何も答えてくれない。

 そしてその後、実験として打たれた薬の影響で目の前が暗くなっていくとき。

 さっきまで薄れていたはずの恐怖が戻ってきたのを、じわりと感じた。




 ---




 意識を取り戻した時、私はいつもの『飼育小屋』とでも言うべきガラス張りの部屋で目覚める。

 悲しいことだが、再び目が覚めたことに安堵し落ち着いている自分に気付く。



「……つっ!」



 しかし意識が覚醒すると共に背中に裂くような痛みを感じた。

 痛みのする箇所に手を伸ばすと、触れるだけでわかるような大きな傷が出来ていた。

 今日の実験とやらは上手くいかなかったのだろう。


 部屋を見渡せば既に夕食が置かれていた。

 やはり美味しいとは思えない夕食を平らげる。

 今は夜。きっと空には星が浮かんでいることだろう。

 けれども私は既に二か月以上、外の景色を見ることができていない。

 夜空の星も、太陽の光も。

 そんなことを考えているうちに、いつもと同じ問いに答えを求める。



 私は今、何のために生きているのだろう



 ガラス張りの飼育小屋でエサを与えられ飼育され実験される。私はまさにモルモット。

 無論、自力で逃げ出すことなど出来はしない。


 人は何のために生きているのか。

 以前先生は言っていた。

「人は楽しむために生きるんだ。エージェントとてそれは同じこと。」

 これは持論だけど、と付け加えてはいたが。


 私もそれに共感した。いや、そうだと信じたかった。

 今が苦しいのはいつか思い切り楽しいことが待っているからなのだと、そう自分に言い聞かせた。

 けれどその考えが矛盾していることもわかってはいる。

 無数に存在する世界のどこかには、一度も心の底から笑えずに生涯を終えた人もいるはずだ。

 ……ふふふ。そういえばもう随分と長いこと、先生にも会っていないや。



 内容がどうであれ、考えるという行為は意外と体力を使う。

 いつものように眠くなるまで目を閉じて考え、そしていつの間にか夢の世界へと落ちていく。


 そして翌朝。

 朝食を受けとりスケジュールの確認をした私は驚いた。



「今日は学習実験の後、初となる飛行実験がある。

 体調に不具合がある場合、今のうちに申告しなさい。」


「え、なに。飛行、実験?」


「質問は認められない。

 体調に不具合がある場合のみ、申告しなさい。」



 飛行実験。

 今日の今日まで無かったその実験を、突然させる意味がよくわからない。

 けれどそうか。そういえば、私の背中には羽が生えているのだった。

 純白の、まるで天使の羽のようでいて、けれど忌々しいこの羽根のせいで、私は今監禁されているのだった。




 ---




「大切な話があるの。」



 午前中は学習実験の時間。

 でも今日は、勉強はしなかった。

 しなかったけれど、勉強を教える時よりも、かつてないほどにターニャの表情は真剣だった。



「大丈夫、今監視に回っている研究員は全員が賛同者なの。裏切ることはないわ。」



 ガラスの向こうを見ると、数人の研究員がニコリと笑って親指を立てている。

 そのことがまず私には信じられなかった。

 そんな私の心境を知ってか知らずかターニャが語る。



「私だけじゃないのよ、あなたを救いたいのは。

 マトモな人間なら誰だって思うわ。年端もいかない少女を拉致監禁、実験台にするなんてこと、間違ってるってね。」



 まあ、そんなことに片足突っ込んでる自分をマトモな人間だなんて表現するのもおこがましいことなのだけれど。

 ターニャは悲しそうに、申し訳なさそうにそう付け加えた。

 もう一度ガラスの向こうを見る。

 数人の研究員はコクコクと頷いている。



「……本題よ。」



 空気が変わった。



「昼からの飛行実験。そこであなたは逃げなさい。」



 予想は、していた。

 それは予想というより期待というべきものだったけれど。

 この世界で初めて、私は希望を持つことができた。


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