He99904世界 天国戦争跡地 【神子】
あたしが転生者であるという事実とは全く無関係に、この世界において最も根本的な課題は、「生きること」であった。
もはやこの世界には親切な人というものは存在しない。
なぜなら他人に親切であることは自らの命を危険にさらすことと同義だからだ。
「おーい、フィリア、手を貸そうか。」
そんな風に優しい顔をして近寄ってくる人間は、裏切るために近づいてくる。
そしてその優しさが嘘だったと気づいた時にはもう手遅れだ。
だから、基本的に誰もが誰の言葉も信用しない。
当然、それはあたし自身も含めて、だ。
「皆の者、お聞きなさい!
私の名はアイ。愛の字を天上におはします神より賜った、神の子である!」
しかしその演説は、荒れ果てた町の広場の中心で、ある日突然に始まった。
「初めに言っておく!
大神官により周知された当初の目標、人口百分の一はとうの昔に達成されている!
隣人同士が血で血を洗う、殺し合いの必要はもはや無い!!」
「無責任なことを言いやがってこのペテン師が!
阿保くせえ、おまえから殺して、」
「最後まで話を聞けい!!!」
戯言だと放っておけばいいものだろうが、この世界の住人とて元は信心深い教徒たち。
神の子を名乗る女に我慢がならなかったのだろうが、声をあげた男はその女の迫力に口を閉じる。
「信用ならぬと言うのならば、まずは問うてやろう。
おまえたちは今までに誰か一人でも私を見たことがあるか?
ご覧のとおり、私の肉体は齢20弱といったところ。
当然、大神官の神託以前に生を受けていなければ道理に合わず、それゆえいくら人口が減ったとはいえ、私のことを見知った人間くらいは必ずいるはずだ。」
強く、それでいて透き通るような声に、様子を窺うようにして人が集まり出す。
とはいえ互いが互いのパーソナルスペースを広く取り、警戒を抱いているのは相変わらずだ。
そしてあたしも、そんな野次馬の一人だ。
「しかしどうだ?
私のことを知る者など、いないであろう?
それもそのはず、私はつい先日この世界に降り立ったばかりなのだからな。
……さて、少しは信憑性も増したかな?」
「ば、馬鹿にしやがって!
だったらなんだ!100万歩譲ってお前が神の使いだったとして、ならどうして当初の目標が達成されたのに天国が実現しないんだ!!」
「問題はそこだよ。
だからこそ、私が理由を告げに来た。
なにせ神託を告げる立場の者すら、もはやいないものでな。」
先ほどの男が再度声を荒げる。
しかしその反応を待っていたとばかりに女は続けた。
「この世界にはイレギュラー、つまり異物が紛れ込んでしまっている。
ゆえに、当初の目標である人口減少が達成されていても状況が好転することはない。」
「な、なんだよ、その異物って。」
女は一息つき、もったいぶるように間を取ったうえであたりを見渡す。
そしてゆっくり、そしてはっきりと言った。
「転生者。」
その言葉を聞いた瞬間、まるで頭を鈍器で殴られたかのように眩暈がした。
転生者?と首をかしげる野次馬の中でただ一人、私だけが動揺し――
「なるほど、あなたですね。」
神の子と名乗る女とバチリと目が合った。
その得体の知れないあまりの恐怖に、私は即座にその場から駆け出してしまった。
漠然とではあるが、この先に自分を待つであろう未来を思い浮かべて、打ち震えながら。