He99904世界 天国戦争跡地 【天国】
あたしはいわゆる転生者だ。
この世界で新しい命とフィリアという名前を授かって約20年になるが、元の世界と比べて人々の気性が穏やかなこの世界のことは好きだった。
この世界の住人は皆、一神教の下で同じ神を信仰している。
そしてその宗教観に基づく天国とは死後の楽園を指すのではなく、現世において実現されるべき姿のことを指した。
「人類は増えすぎた。
今より人口を百分の一に抑えねば、天国の実現は不可能である。」
ある日、この世界において最も位の高い人間の一人である大神官が、その旨を公に発した。
彼は神託を得る立場の人間であり、もしかすると、それは本当に神によるお告げだったのかもしれない。
もしかすると、それは本当のところは人為的なものであり、食糧危機を筆頭とする人口増加問題を解決するための苦肉の政策だったのかもしれない。
あるいは、とっくに権力を持った上層部は腐敗しており、自分たちの財を増やすためだけに発せられた頭の悪い一手だったのかもしれない。
しかし、それを確かめる術はもうない。
なぜなら当時の関係者は既に、全員漏れなくこの世に存在しないからである。
「な、なにをする!
私を誰だと思っているのだ!
無礼者!ぶ、無礼者おおおおおおおぉぉぉぉ!!!」
当時の上層部の考えとしては当然、貧しい者・身分の低い者を中心に減らしていくつもりだったことだろう。
ところが彼らは誤った。
伝え方を、文字通り致命的に間違った。
「人口を百分の一に抑える」ことが神の御意志なのであれば、なにも自らが犠牲になる必要などどこにもないのだと。
民衆はそう受け取ったのだ。
そして、そうなればもう人々の気性も穏やかではいられなくなった。
「死ね!
天国実現のためだ!!」
「や、やめて!この子だけは殺さないで!」
「悪く思うなよ、これも神の御意志だ。」
後に天国戦争と呼ばれたその内戦は、字面とは裏腹に壮絶なものであった。
財を持つ権力者たちは民衆に真っ先に殺された。
町の発展に尽力していた正しき姿の権力者でさえも無差別に標的となった。
次に狙われたのは地位に関わらず、生きる力の弱い弱者たち。
天国実現のためには数だけを減らせばいいのであって、そこに年齢や性別の縛りなど無い。
老人、子ども、女性が優先的に狙われ、それを守ろうとする者も数の暴力に押しつぶされた。
そうして誰であろうと隣人に命を狙われる日々が続き、裏切り、裏切られることが当たり前となった。
一度の裏切りが己の命へと直結する以上、人々の間の信頼関係は崩れ去る。
社会としての機能など一切が失われ、そこは世紀末やディストピアと表現するのに相応しい場所となった。
「天国は、いつになったら実現するのかなあ。」
誰もがそう思っていたことだろう。
誰のものとも知れぬその呟きこそが、この世界の絶望的な状況を端的に表している。
もはや社会の機能を果たさぬこの世界では、残りの人口を数えることも、終わりを告げることも出来ないのだ。
それゆえ、この状況はこれからも続くだろう。
それこそ本当に神でも降臨しない限り。
「もう、ダメだ、この世界は。」
だからこそ、あたしは真剣に思った。
元は私が好きだった世界が音を立てて変わっていくのなら。
もうどうにも取り返しがつかないのなら。
それならば、世界ごと壊れてしまえばいいのに。