Ku41084世界 良い子の楽園 【後日】
鳥がさえずる。
日が昇る。
今日もまた平凡な一日が始まるだろう。
任務を達成した後の、余った滞在猶予期間というものは開放感がある。
「おはようございます、先生。」
「ああ、おはよう、アイ。」
「朝ごはん、できてますよ。」
「ありがとう、じゃあいただこうかな。」
アイの言葉に甘え、席に着いた僕は早速パンに口をつける。
今回の世界は、驚くほど簡単に任務を達成することができた。
僕たちエージェントAa004とIh014が組んで以来、間違いなく最もラクな任務の一つだったと言えるだろう。
「その、先生。
転生者・転移者が自ら殺してほしいだなんて、今までにもあったことはあるんですか?」
流石に今回のことは面を食らったのだろう。
そのうえで、色々と自分なりに考えたのだろう。
事を終えて一夜が明けた今になって、アイは僕に尋ねた。
「あるよ。
流石に例は多くは無いけれどね。
ただ、転移者や転生者、全員が幸せな人生を用意されてるわけではないんだ。
そりゃあそうだよね、人の人生なんて、いつどこでどうなるかなんて誰にも分らないんだから。」
「そう、ですよね。」
「もっと言うなら、さらにレアケースとしてエージェントと入れ違いで、現地に着いたらちょうど対象者が死んでしまっていたなんてこともあるくらいだ。
……ともかく、今回は本当に珍しいことに、僕たちは良いことをしたと言えるんじゃないかな。
転移者・転生者に呪われずに、恨まれずに事を成すなんてことは滅多にないからね。」
「良い子しかいない世界で、私たちのした良いことが殺人だなんて、皮肉ですね。」
「ああ、皮肉たっぷりだ。」
会話の合間を縫ってコーヒーを啜り、現状について考える。
良い子しかいないこの世界では、当然のごとく殺人事件なんてものは前代未聞の出来事だろう。
故に殺人犯である僕たちの処遇に対して、住人たちはとにかく頭を悩ませているようだった。
僕とアイは良い子ではない。
だが、良い子ではない僕たちに対して何かしらの罰を与えたり、追放したりすることは良い子のすることではない。
結果的に、何もすることはできないし、今後も何かすることはない。
そういった結論に至っているのだろうと察知することができた。
ゆえに、僕たちは今でも普通に、町の中のマンションで何事もなく暮らしている。
結局のところ、転移者の言っていた「無数の笑顔に見張られている」、「この世界の住人全員に監視されている」というのは気のせい・思い込みだったのだろう。
殺人犯にすら何も行動を起こせないようなこの世界の住人に、転移者に対して町ぐるみで何か行動を起こせるようにはとうてい思えなかった。
「なんにしても珍しく、滞在猶予期間が余っちゃいましたね。」
「ああ。
確かに、アイの今までの任務では滞在猶予期間が余ることなんてほとんどなかったね。」
「はい、そうなんですよ。」
「せめてこの世界では、残りの時間はゆっくりと、好きに過ごすことにしようか。」
「はい!」
その言葉通り、結果的にこの世界での残りの期間はゆっくりとした自由気ままな時間が流れた。
時々、誰かの視線を感じたこともあったけれど、仮にでも何でもなく僕たちは殺人犯だ。
それは仕方のないことだと割り切った。
そうして僕たちのこの世界は終わり、意識の海へと帰還する。
……ただ、正直なところ、二度とこの世界には来たくは無い。
僕たちは世界に滞在する期限があったこと、そして二人組だったことという条件が揃っていたからこそ、平穏無事に過ごせたにすぎないのだから。