笑顔
「この世界で生きていこうと、最初は思ったんだ。
もちろん元の世界に戻れるのならそれが一番だけど、そんな方法どうやってもみ見つからないし、見つかる気もしない。
だから、この世界で生きていこうって。」
「……うん。」
「初めのうちはこの世界のことだって嫌いじゃなかったんだ。
おれは当たり前だけど普通の人間で、元の世界では普通の善良な高校生。
だから、良い子っていったって何も変わらないんじゃないかって。」
「うん。」
「ああ、相槌を打ってくれて、アンタたちは優しいなあ。
……だけど、違ったんだ。
おれは今でも自分は普通の善良な高校生だと思っている。
そりゃあもちろん夜更かししたり、たまに横断歩道のないところを突っ切ったり、拾ったエロ本をこっそり読んだり、そういうことはしたけれど、それでもおれは普通の善良な高校生だって。
でも、それすらこの世界では普通じゃないんだ。」
「そういった根本的なズレを感じたとたん、人々の浮かべている笑顔が作り物の、貼り付けたような笑顔に見えてきて。
本当はおれは何かの実験体みたいに、この世界の住人全員に監視されてるんじゃないかって気になってきて。
それがとてつもなく恐ろしくなって。
実は一回、勇気を振り絞って自殺をしたことがあるんだ。」
「でも、助かった、助けられた、助けられてしまった。
はは、だってこの町の住人は良い子だからね。
すぐに違和感を感じたとか言う見知らぬ人に見つかって、すぐに助けの医者が来て、当然のごとく無償で助けられたよ。
怖かった。いや、今でも怖い。
今この瞬間も、無数の笑顔に見張られているかと思うと恐ろしくてたまらない。」
「だから、その後決めていた。
もしも、あと一人や二人。
おれの他にもマトモな価値観を持った転移者でも来てくれたなら。
その時はおれのことを殺してもらおうって。
……なあ、無責任で申し訳ないんだけれど、頼めるかい?」