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Ku41084世界 良い子の楽園 【善良】

 最初に言っておく。

 元々おれはこの世界の人間ではない。

 その証拠におれの名前は滝沢大五郎だというのに、まわりの連中の名前はウリャニュペイだとかワダマニュラだとか、何か根本的に違う。


 そしておれはというと、この頃流行りの異世界転移を夢見てトラックに飛び込んだ勇気ある男だ。

 嘘だ。

 飛んできたサッカーボールがたまたま後頭部に当たり、そのまま気づいたらこの世界に居たのだ。


 ところでいきなり話は変わるが、性善説という言葉がある。

 それは簡単に言えば人間の本性は生まれながらにして善であるとする説で、だれにでも先天的に道徳的本性があるとするものだ。

 転移する前の倫理の授業で聞いたから多分間違っていない。

 で、どうやらこの世界には「良い子」しか存在しない。

 良い子とは決して子どもだけを指すのではなく、誰しもが神の子であるという意味で、たとえ大人であっても良い子であると称されるらしい。



「じゃがいも持ってきましたよ。」


「あらあらうふふ。

 お言葉に甘えて、いただきますね。せっかくだからお茶にしましょう。

 さあ、あがってあがって。」



 無償で隣人に食料や物品を分け与え、それに応える際には何かしらのお礼を用意する。

 流石に買い物という概念はあるものの、詐欺や悪徳商法なんてものはもちろん存在せず常に誰でもどこでも適正価格。

 そもそも別に物を買わなくとも隣人からの施しだけで生きていける。



「びえええええ、痛いよおおおおおおお!!」


「さあさあ、お医者様を呼んできましたよ。

 もう大丈夫ですからね。」


「ほうら、診せてごらん。

 大丈夫、大丈夫。痛くないからねえ。」



 怪我でもしようものなら、通りすがりの見ず知らずの人間がすぐさま医者を呼んでくる。

 そうして駆け付ける医者だって、100%善意の塊なわけだから代金を要求することすらしない。

 じゃあ薬やら器具やらはどうやって補充しているのかというと、これまた善意の塊みたいな他人を助けたいと思う人々によって、無償で開発・提供されている。

 こういったことの繰り返しで、この世界の社会は成り立っている。


 もっと言うなら、この世界には法律なんてものは存在しない。

 だってあれをしてはダメ、これはしてはダメなんてわざわざ決まりを作らなくたって、誰も悪いことなんてしないのだから。



 ああ、なんて素晴らしい、なんて美しい世界なのだろうか。

 こんな世界に転移できたおれは、本当に幸せ者だ。














「なんて、思うわけないだろうが!!!!!!!

 気持ちが悪いんだよこの世界の在り方は!!!!!!!!!」



 心からの思いを、人々の行き交う往来で叫ぶ。



「せっかく転移したならこう、さあ!?

 手に汗握る戦いだとか、極限状態で生まれる絆だとかさあ!?

 そういうあれやこれやがあるべきだろう!!?

 なんなんだこの世界は!!!!」



 この世界に来てから数か月。

 はっきり言って、だいぶ精神的に参っていた。



「おやおや、気分が晴れないのかな?

 待っていなさい、すぐにお医者さんを呼んでくるから。」


「だまらっしゃい!

 全員が善人すぎて逆に気が狂いそうなんだよ!!

 モンスターや宇宙人や不思議生物がいるわけでもない!

 魔法が使えるわけでも超能力に目覚めるわけでもない!

 元の世界と変わらないようなくせに、全員が似たような笑みを浮かべていて、漫画も無い、ゲームも無い、健康に悪そうなファストフードも無い、猥談すらしない、映画や小説の娯楽創作物は登場人物全員善人のヤマナシ・オチナシ・イミナシばかり!

 刺激が一切ないじゃないか!!!こんな生活死んでるのと同じだ!!!」


「君は面白いことを言うね。

 もしかしてお話屋さんかな?

 お礼に何かあげようか。」


「うるせえええええええええ!!!!」



 おれの元の世界では、悪意が技術を発展させるだとかいう説を聞いたことがある。

 それが本当かどうかはともかくとして、こんな世界は絶対に間違っている。

 けれども。



「元の世界に帰ることすらできない。

 おれ、この先ずっと、本当にこんな世界で生きていくのかよ……。」



 そんなの絶対に嫌だ。

 せめて、せめてあと一人や二人。

 おれの他にもマトモな価値観を持った転移者でも来てくれないか。

 そう心から願った。


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