Fd27528世界 コンラート王国 【最期】
術者が自分の命と引き換えの魔法・禁術によって、周囲を巻き込む何かしらの現象を引き起こすというのはよくある話だ。
もちろん、よくあるというのはファンタジー世界ではそういったものが存在する可能性が高いという意味であって、実際にはそう容易く使われては困る代物であるが。
ともかく、その引き起こす現象は爆発であったり洪水であったり炎であったりと様々で、しかし共通して術者の命を対価とする性質上、範囲や効果は絶大なものとなるのは確かだ。
「禁術、起動だ。さあ、苦しみぬいて死んでくれ。」
平原の緑が目の前の男、ロウリーを中心として灰色に染まっていく。
事前に平原一帯に己の血でも垂らして、魔力を通していたのだろう。
わざわざ一方的に有利な襲撃を止め、手紙を用意してまでこの場に誘い込んだのもこの時のためだ。
だが、完全に起動しきるのをわざわざ待ってやる義理は無い。
「……チッ。」
「懐かしいな、それも。
でも、もう届かねえよ。」
僕が遠距離から放った魔力を込めた鋲はロウリーに触れる直前、パラパラと細分化されて地に落ちた。
この攻撃は、皮肉にも以前の彼には通じていた方法だった。
「風化か、その禁術。」
「ご名答。まあ、より正確には衰退の禁術だ。
そしてそのうえで俺の周囲には結界が張ってある。
分かったところでここからは逃げられない。」
一瞬で風化だと看破したわけではなかった。
鎌をかけた発言だったのだが、ロウリーはご丁寧に手の内を解説してくれた。
「まあ、ゆっくりと怯えながら死に向かえや。
そこの弟子と、転生者共々にな。」
灰色が広がっていく草原の中心で、ロウリー自身の身体さえもが緩やかに骨と化していった。
――――――
――――
――
「……まあ、正直なところ、こうなるとは思っていたんだけどな。」
「……そうだろうね。」
「ああ、そうだよ。」
1時間ほどが経っただろうか。
もはや首から上だけを残し、他の部位はすべて骨となったロウリーとは対照的に、僕とアイはまったくの無傷だった。
骨になった部分などなく、直接的なダメージは一切ない。
そしてその理由はいたって簡単。
ただ単純に、この世界最強の一角である僕の魔力は、禁術に抵抗することさえ可能だったというだけの話だ。
「結局のところ、俺はもうこの世界で生きていく自信が無かったんだ。
死にたかったんだ。あわよくば恨みに恨んだおまえを巻き添えにな。」
僕とロウリーの因縁を感じ取っているが故だろう。
アイは口を出さず、ずっと黙っている。
「あの時こうすれば、あの時ああすればと、変えようのない過去にいつまで経っても縛り付けられてしまっていては、ロクな未来は望めない。
そしてそのことを自覚しているのに、変えられない、変われない。
もうどうしようもなかったんだ。俺は。」
「……すまない。」
その言葉は本心だった。
僕たち転生撲滅委員会が敵視するのは転生者・転移者であって、当然現地の人間ではない。
その現地の人間の人生を破壊しているのだ。
今までに現地の人々を間接的に巻き込んだり、見捨てたりもしてきた僕にとっては今さらなことではあるが、それでもその謝罪は目の前の男に対する確かな気持ちだった。
「く、くく。くくくくくく。」
僕の謝罪を受けた彼は、一瞬だけ目を丸くした後に笑い出す。
そして、最高の笑顔で言い放った。
「絶対に許さねえ。
お前が死ぬまで、いや、死んだって許さねえ。
謝罪することで自分が救われようとするんじゃねえよ、クソ野郎。」
最期の言葉を言い終わった後、彼はそのまま物言わぬ骨になった。