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Fd27528世界 コンラート王国 【夜襲】

 

「起きろ、逃げるぞ!

 僕から絶対に離れるな!!」



 起きて、いや、起こされて飛び込んできた第一声が先生のそれだった。

 寝苦しいを通り越した暑さ。パチパチと聞こえる何かが燃える音。まだ覚醒しきらない頭でも異常事態だとすぐに分かった。


 ぼやけた視界が鮮明になる。

 先生を中心とした半径2m程の球体空間が展開。

 安全地帯はそこだけで、目に入るその他のすべての物は赤く紅く燃えている。

 火事、いや、夜襲だ。



「ちいさな種火から徐々に燃え広がる通常の火事じゃない。

 一瞬で周りが火の海だ。明らかに魔法、それも禁術の域だろう。

 アイ、僕の歩みに合わせて。この球体から出たら一瞬で焼け死ぬぞ!」


「は、はい!」


 焦げた家財、焼け落ちた柱、そして人の死体と思われる炭。

 それらを先生の後に続いて踏み越えながら痛感する。


 甘かった。


 先生は寝る前に言った、警戒だけは常に怠らないようにと。

 私だけでは仮に起きていたところでどうにかなったとは思えないが、夜襲の可能性くらいはきちんと考慮しておくべきだった。

 忘れもしない、初めての任務の時に私が取った作戦こそ夜襲だ。

 狙われる側に回った以上、真っ先に警戒すべきことだった。



「せ、先生。」


「ああ、これは、酷い。」



 もはや建物とも呼べないような宿屋を出ると、まわりの景色が良く見えた。

 狙われたのはおそらく私たちのはずだ。

 けれど私たちのいた宿屋だけでなく、目につくすべての建物が燃えていて。

 先生という高度な結界を一瞬で張れる特殊な人間を除いて、見渡す限り生き残った人間はいなさそうだった。

 悲鳴すら聞こえないその場所には、もう私と先生以外に生きた人間の気配を感じさせない。



「僕を狙う誰かがいるとすれば、あらゆる手を考えてくる。

 分かってはいたけれど、ここまで動きが早いのも、ここまで手段を選ばないのも正直想定外だ。」



 苦虫を潰したような表情を浮かべる先生。

 こんな事態に陥れば私にもわかる。

 この夜襲の主は常軌を逸した強い感情を持っている。

 こちらに対する明確且つ強力な殺意を。



「て、転生者はどうなったんですかね。

 まさかこの夜襲が転生者の攻撃っていうことはないですよね?」


「可能性は0ではないけれど、ひとまずそれはないとしよう。

 考えたって答えの出ない問題だ。

 もしかしたら焼け死んだ人々の中に転生者が含まれていたかもしれないし、元々この場にはいなかったかもしれない。

 ただ、もうこの際転生者のことは考えなくていい。

 それよりも僕たちが滞在猶予期間の間、生き残ることが最優先だ。」



 これだけ後先を考えない手段を選ぶとなれば、政略の類ではなく個人的な私怨の可能性が高い。

 そしてそういう感情をむき出しにして襲い掛かってくる人間が、何よりも怖いのだと先生は言う。



「はっきりと言っておこう。

 僕はこの世界において最強の一角だ。

 こと戦闘に限れば、真正面からの戦いなら誰にも負けない自信すらある。

 けれど僕がただの人間である限り、僕を殺す方法はいくらでもある。

 毒を盛る、不意打ちをかける、人質を取る、考えだしたらキリが無い。

 これから4日間、あらゆる事態を想定して動いてくれ。」


「は、はい。

 ……先生、後ろ!!」



 私の声にいち早く反応した先生は振り返ると同時に手刀を放つ。

 ただの手刀と侮るなかれ、その一撃は襲い掛かってきた影を粉砕した。

 ――揺らめく炎の中から現れた、自立し動き回る人骨を。



「死霊魔術か!

 焼けたばかりの人骨をそのまま下僕にするとは嫌なことを考える……!

 それにしても終焉之炎に死霊魔術とは、禁術の大安売りだな!?」


「先生、逃げましょう!

 ここで戦い続けたって、何も得る物はありません!」


「その通りだ、駆け抜ける!」



 そう、もはやここに生者はいない。

 守るべきものも何もなく、敵と化した人骨だけが徘徊するこの場所は一刻も早く離れるべきだった。


 つい先ほどまでそこにあった人の営みを思い返し振り返る余裕さえなく。

 私たちは夜闇に煌々と輝く炎の光を背に駆け出した。


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