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Fd27528世界 コンラート王国 【禍根】

 

 やりましたよ、Jの壁を超えましたよ!

 キスしたら死ぬなんてヘンテコな世界で、思惑通りにキスされそうになったのに突き飛ばしてしまったんですよ!

 結局それが転じて事故的に解決できてしまったんですけど、運も実力の内です!


 意識が世界に降り立ってすぐ、そうやって先生、エージェントAa004に報告しようと思っていた。

 たくさん褒めてもらえると思ったし、久々の再開を喜びたかった。

 でも止めた。

 だって先生が、あまりにも複雑で儚げな表情で空を見上げていたから。

 見渡す限り人気も何もない平原で、けれど何か記憶でもなぞる様に。



「そうか、ここだったか。」


「……先生?」


「ああ、起きたんだね。

 気にしないでくれ、ただの独り言だったんだ。」



 エージェントAa004は今、少し精神的に滅入っているところがあるのかもしれない。

 彼の思うところやその正確な原因はどうしたって本人にしかわからないけれども、やっぱり助けになってあげたい。

 研修生のキミに頼むのもヘンな話だけど、彼のことを支えてやってあげてくれ。


 実はそんなことを、意識の海で言われていた。



「……まずは、人通りの多い場所に出ますか?」


「ああ、ここからはプリム領って場所が近いしね。」



 だから、先生に褒めてもらいたいという子どものような気持ちをグッと押し込めて、いつも通り・今まで通りであろうと振る舞う。

 けれどもしかしたらそんな私の気遣いすら、先生にとってはお見通しだったのかもしれない。



「それよりもおめでとう、アイ。

 こんなに短期間でJの壁を超えたエージェントはそう多くないはずだ。

 先生として鼻が高いよ。

 それに前の世界、役職の箱庭で僕が倒れた後だって、よくぞ任務を果たしたものだ。

 はっきり言ってあの世界では、僕は死も十二分に覚悟していた。

 本当に優秀だね、アイは。」


「あ、ありがとうございます!!」



 やっぱり褒められることは素直に嬉しかった。

 嬉しくて嬉しくて、なんだか照れてしまって。

 照れ隠しのために他の話題を探した。



「ところで先生。

 今回のこの世界は以前に先生が来たことのある世界なんですよね?

 行ったことのある世界に再び派遣されるなんて、こういうケースはよくあることなんですか?」



 歩きながらのたわいないいくつかの質問の後、この質問をする頃には私たちはもうプリム領に着いていた。

 美味しい店があるんだ、と先生に連れられた酒場で、事前に意識の海で得ていた情報を投げかける。

 そう、このFd27528世界・コンラート王国は、ちょうど私の研修が始まる少し前に先生が任務を果たした世界らしいのだ。



「いや、決してそんなことはないよ。

 そもそも同じ世界で何度も何度も転移・転生が起こること自体が珍しいんだよね。

 そのうえで基本的に、エージェントが以前行ったことのある世界に再び派遣されることはほとんど無い。」


「え、どうしてですか?

 一度行ったことのある世界なら、勝手が分かっていてむしろ任務がやりやすくなると思うんですけど。」


「お待たせしました。

 こちらエールとオレンジジュース、グリフォンの軟骨揚げになります。」


「ああ、ありがとう。」


「ありがとうございますー。」



 愛想のいい店員さんにお礼を言って、美味しそうな軟骨に目を奪われそうになりながらも先生の返答を待つ。



「普通、禍根が残るのさ。」



 先生はエールをぐいと飲むと、アイも気を遣わずに食べなよと促す。

 そして何か思い出を探るように語った。



「一人の人間を死に追いやる以上、その相手が悪人であれ善人であれ富豪であれ貧民であれ必ず禍根が残る。

 家族に、仲間に、恋人に、あるいはまったく別の思いもやらぬ誰かに。

 今度は僕たちも見知らぬ誰かに命を狙われる立場になるんだ。」



 だから、エージェントが以前行ったことのある世界に再び派遣されることはほとんど無い。

 そう続ける先生。



「でも、じゃあなんで今回はあえて先生が派遣されたんですか?」


「それは――」


「なあ。あんた、もしかして“殲滅のフォー”じゃねえか?」



 当然湧いた私の疑問に先生が答えようとした瞬間、先生を挟んで私と反対側のカウンター席から声がかかる。

 見ればそこには見るからに屈強な男性二人組。その目つきの悪さと筋肉量からは、今にも因縁をつけて襲い掛かってきそうなイメージさえある。



「おや、僕のことを知ってもらえているとは光栄だね。」


「ば、馬鹿言うなよ!あんたのことを知らない奴なんか、この田舎にだっていやしねえぜ!」


「そうか、なんだか照れるね。」


「そ、そんなことよりもサインくれねえか!?」



 しかしイメージとは裏腹に、男は目を輝かせて先生に話しかける。

 もう一方の男など声をかけたいが声をかけるのも緊張するといった様子で、あたふたしているのが見て取れた。



「え、なに、“殲滅のフォー”だって?」


「ほ、本物?」


「最近すっかり噂を聞かなくなってたのに、なんだってこんな田舎に。」



 そして男を皮切りにすっかり酒場はざわつき始める。



「嬢ちゃんはいったい何者なんだい?」


「あ、私は戦士の弟子です。」


「へえ!あの“殲滅のフォー”に弟子なんていたのか!!」



 代わる代わる先生のもとによって来る人々の相手をしていると、私たちが落ち着いてご飯を食べ終えて店を出たのは随分と時間が経ってしまっていた。



「悪いね、アイ。疲れたろう?」


「いえいえ、先生が謝ることじゃないですよ。

 それに、酒場での皆さんのお話を聞いていて、今回あえて先生が派遣された理由もわかりました。」



 そっか、じゃあ言ってごらん。

 先生に促されて、口に出す。



「先生はこの世界だと文字通り最強の一角だから、ですよね?」


「正解。」


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