「意識の海にて」
「おかえり、エージェントAa004。
君に限ってまさか戻ってこれないことはないだろうと信じていたけれど、実際にこうやって帰ってきてくれると感慨深いものがあるね。
転生反応光も、ちゃんと消滅したよ。流石としか言いようがない。」
ああ、うん、そうだね。
「?」
……なに?
「いや、なんだか上の空だなあと思ってね。」
気のせいじゃない?
なにせつき合いが長いといっても、相手の顔すら見ることのできないこんな場所だ。
「つれないこと言うねえ。
しかし、上の空が気のせい、か。
出発前は、あんなにも心配していたIh014のこと、すっかり忘れているにもかかわらず?」
……あ。
「死んだよ、彼女。」
そう、か。
そっか。
「どうにもこうにも、流石にまだJの壁は早すぎたみたいだ。
彼女には悪いことをしたね。」
うん、そうだね。
彼女には、悪いことをしてしまった。
「はあーーーーーーーーー。」
なにさ。
「いや、本当に重症だなって思って。
Sy10592世界で、何があった?」
……今までに僕が殺してきた山ほどの転生者と転移者。おそらく、漏れなく全員だったと思う。
そいつらが、復讐心、敵意、殺意、そういうもの全部むき出しで襲い掛かってきた。
「ほう、なるほど。流石のエージェントAa004でも、再び命を奪うことには思うことがあるってわけか。」
いや、そうじゃないんだ。
もちろん、それが一切ないわけではないけれど。
「うん?じゃあ、どうしてそんなに辛そうなんだい?」
今まで殺してきた転生者たちが襲い掛かってきたってことは、その全員を僕はもう一度殺したんだよ。
いいかい?殺せてしまったんだよ。全員。
「うん。」
銃を持ったヤツ、剣を持ったヤツ、魔法を使えるヤツ、身体が機械のヤツ、初めて殺したときは正攻法じゃあ手も足も出なかったヤツ。
全員、殺すことができてしまったんだ。
……最高に、楽しかった。
「……うん。」
僕、エージェントって楽しいんだよ。
世界にはいろんな可能性が広がっていて、それを自由ではないけれど、生き続けている限り味わい続けることができる。
でも、今回の世界は楽しすぎて。
これ以上の楽しいことはあるのだろうか。
あったとして、それはいったいどれだけ先にあるのだろうか。
そもそも大量殺人をしておいて『楽しい』だなんて、僕はなんなんだろう。
なんて、今さらなことを考えたりして。
「なるほど、ね。」
だから、なんだかちょっと、魂が抜けたようになってただけさ。
「魂が抜けただなんて、とっても皮肉な表現だね。」
ははは、そうだね。
「まったく、師匠がそんなに思い悩んでちゃあエージェントIh014にも影響が出るってもんだよ。」
え?
「え?ああ。
さっきのIh014が死んだっていうの、嘘だから。
それじゃ、心の準備しなよ。」
……それを聞いて少し、ホッとした、のかな。僕は。