Sy10592世界 夢幻領域 【蹂躙】
この場に集まる転生者どもがいったいどんな存在なのかはイマイチよく分かっていないが、少なくともこの世界の戦闘で一度死んだ転生者が再び生き返ってくることはない。
ついでに言うなれば、今までのどの世界でも未だ死者を生き返らせるという能力を持った人間にはお目にかかったことがない。
つまり目に映る残りの連中すべてのせん滅、それがこの戦闘における僕の勝利条件だ。
「ひ、怯むな!数で押せば勝てない道理はない!」
「遠距離がダメなら近距離で攻撃しろ!」
「バカ、今まさにゴツいパワードスーツ着こんだヤツが近距離戦闘で殺されたんだろうが!」
怒号が飛び交い、混乱が広がっていく。
それと同時に被害も広がっていき、転生者たちの焦りや不安が手に取るように伝わってくる。
僕は直感的に理解していた。
この世界で最も重要なのは、イメージの力。
敵が魔法を使える、超能力を使える、闘気を纏える。
ならば当然こちらもそれができるのだ。
今までに越えてきた世界線の数だけ存在する理や常識が、それぞれ苦もなく通じてしまうのだ。
「遅い。」
「うぐっ……!」
聖闘気を纏い、素手で甲冑をも貫く自分。
「え、あれ?どこいった!?」
「おいおいおいおい。
空中ジャンプ……そんなんありかよ。」
足元に力場を展開。
目にもとまらぬ高速移動の後、応用し空中を踏むことで、空だって自由に駆けることのできる自分。
「召剣『ウルサ』。」
「え、避け、あれ?」
何もない空間から20mはあろうかという馬鹿でかい剣を召喚し、さらにそれを振り回す自分。
一振りの斬撃が大地さえ抉り、遠く離れた大量の人影を真っ二つに分けていく。
そんなやりとりを繰り返すうちに、立っている敵の数が目に見えて減ってきた。
そもそも戦闘とは全く無縁の世界への転生者だって少なくはなかったはずだ。
こんな馬鹿げた戦闘についていくということ自体、無理な話だろう。
……いや、これはもはや戦闘ではない。
僕という不条理な暴力による、一方的な蹂躙だ。
結局、最後まで残った人影のうち立っているものは四つ。
創世剣の世界の勇者ラーラス。変幻自在の神器、創世剣の使い手。
魔法至上主義世界の大魔導カノウ。尽きぬ魔力をもって、無からあらゆるものを生み出す男。
荒廃世界のサイボーグ九頭竜。無謀な機械化により、自身の記憶すら失ってしまった女。
忘れもしない。コイツらは、それぞれが単体で僕に死を覚悟させた連中だ。
そしてもう一人、見覚えのない男。
中肉中背、髪色は茶髪。服装も含めてその姿に特筆する点はなく、集団に混じってしまえば全く目立たないような男。
「なるほど、君がこの世界の転生者ってわけか。」
僕に声をかけられた男はびくりと身体を震わせ、分かりやすく動揺する。
しかし自身を奮わせるためか視線はこちらから離さずに、震える声をしぼり出す。
「は、ははは。ば、化け物め……!
いくらこの世界がなんでもありだからといったって、常識として、できるものとして確信していないと何もできないはずなんだよ。」
「で?」
「今までの奴らだってそうだった!
せいぜい三つや四つの世界の理を適応させるのが精いっぱいで、じわじわとなぶられていった!
普通はそうなんだ!」
「それで?」
「おまえ、エ、エージェントAa004だったっけか。
おまえは精神構造おかしいんだよ。正気じゃない!過度な妄想癖と言っていい!
キチガイなんだよ!」
「だから?」
「だ、だから!……だから。」
「だから君は、僕に殺されるんだね。」
便宜上、中肉中背、茶髪の彼のことをenemy、すなわちEと呼ぶこととしよう。
僕のEに向けたその挑発の言葉が、決戦の合図となった。
「光弾。」
先制攻撃を仕掛けようと全身に力を込めた矢先、幾重にも重なる光の束が正確に僕だけをめがけて頭上から降り注ぐ。
言ってしまえばただそれだけの術なのだが、大魔導カノウの魔術は威力・制度ともに抜群であり、僕は自分に可能な回避もしくは防御の方法を一瞬のうちに選び取り判断しなければならない。
「エージェントAa004は回避の際に左方への横っ飛びを多用する。本当だったみたいだね。」
飛び退いた僕の動きを予測し、文句のつけようのないタイミングで追撃を加えてきたのは勇者ラーラス。
烏合の衆であるはずの転生者共のこれまでの一連の連携を見るに、事前に僕への対策として皆で作戦を練っていたのだろう。
回避の癖に関しては、本人である僕でさえ気づいていなかった。
「っ!!」
反射的に全身を硬質化。
意識が飛ぶかのような衝撃を受けるも、なんとか勇者の斬撃を耐えしのぐ。
しかし、死角から隙をついての光線。
殺人兵器、サイボーグ九頭竜。
彼女の怪光線は回避しきれなかった僕の左腕を貫き、吹き飛ばした。
「よ、よし、いけるぞ!
流石、過去にヤツを苦しめた三人だ……?」
転生者Eは左腕を失った僕を前に、喜びを隠そうとしない。
しかしその表情はすぐに驚きの色に変わる。
なぜなら優秀な転生者である三人が、残らずその場に崩れ落ちたから。
「僕、呪術とか、そういう嫌らしい戦法って大好きでさ。」
「呪術……?」
「左腕が無くなるのってとっても痛かったから、三人にも僕の痛みを味わってもらったよ。倍にしてね。」
つまるところ三人は、あまりの痛みに耐えきれず意識を手放したということだ。
勇者と大魔導はもとより、サイボーグと言えど土台は人間だ。
痛みを感じないわけではないことは、以前の世界で最初に会った時に把握していた。
「さて、コソコソと隠れて戦闘を他の者任せにしていた君だけど、ようやく君の番だね。
はたして君に戦闘能力はあるのかな?」
僕の問いかけに彼が答えることはなく。
しかし絶望しきったその表情が、すべてを物語っていた。