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Sy10592世界 夢幻領域 【自業】

 世界線における壁は、Jの壁のほかにもう一つ。

 それがSの壁である。


 S以降の世界の任務がエージェントに回ってくることは滅多にない。

 なぜならS以降の世界に転生する転生者は他の世界に比べて少なく、仮に転生したとしてもその世界になじむことはほぼない。

 エージェントが手を下すまでもなく、命を落とす者ばかりだというのだ。

 まあ、あくまでも伝聞でしかないが。


 今回、僕が単独で挑むのはそのS世界の一つ。

 エージェントIh014が実技試験的な意味をもってJの壁に挑戦している間、僕に課せられた任務はSy10592世界の攻略。

 滞在猶予期間の他に事前情報は一切なし。

 さらに前任のエージェント5名、それもそれぞれエージェントコード「C」及び「B」のベテラン層が、揃いも揃って任務に失敗。

 失敗といっても転生者を殺すことができなかったという意味ではなく、誰一人として意識の海に帰ってくることができなかったという意味での失敗だ。



「正直なところ、キミを送り込むのだって藁にもすがる思いなんだ。

 察しのいいキミはもう気付いているかもしれないけれど、エージェントIh014にJの壁に挑んでもらったのは、一時的にでも事実上最強のエージェントであるAa004をフリーにするためなんだよ。」



 意識の海でそう告げられ、僕自身、当然不安はあった。

 そもそも僕は根が自信家というわけではない。

 どんな世界での任務だって、いつ自分の意識が消滅し、完全な死を迎えるか怯えているのだ。



「……悪いね。はっきり言って、今回はキミでさえ死んでしまう可能性が高いと思っている。

 それでも、エージェントに拒否権なんか無いことを分かったうえで、改めて宣言させてもらうよ。」



 けれど、与えられた任務はこなすもの。

 弱い自分を心の奥にしまって、比肩なきエージェントAa004として胸を張る。



「エージェントAa004。ただちにSy10592世界へと向かい、任務を完遂せよ。」



 こうして、僕は死地へと向かったのだった。




 ---




「会いたかったよ、フォー。」


「カネモッチ……は、偽名なんだっけ?まあいいや、リベンジマッチだ。」


「先生、なんでですか。なんでのうのうと生きてるんですか。」


「グレイ、今度こそ貴様は俺に殺されろ。」


「エージェントAa004。私、あなたのこと許さないから。」



 太陽と思しきものはない。

 この世界には光源が無いはずなのに、視界はせいぜい薄暗い程度。

 建物の一軒も、木の一本さえもない、延々と続く殺風景な平地を見渡すことができた。


 結果論だが、この世界には僕は来るべきではなかった。

 このSy10592世界はベテランのエージェントにとって、つまり僕にとって最も相性の悪い世界だったのだ。

 前任のエージェント5名も、それぞれが思ったであろう。完全に人選ミスだと。



「オレ、オマエ、コロス。」


「よお、相変わらず冷たい目ぇしてやがんな。いっちょ殺されてくれや。」


「拙者、貴殿と再び相まみえる為、黄泉がえった!」


「まさかもう一度、義弟に会えるとは思いもしなかったよ。」


「広域宇宙戦争での借り、ようやく返せる機会が来たようね。」



 殺風景。

 眺めに情趣が欠けていたり単調だったりして、見る者を楽しませないこと。また、そのさま。

 ではこの景色は殺風景と言えるのだろうか。

 未だ記憶から薄れていない最近に始末した転生者から、もはや名前すら憶えていないような転生者まで。

 自然や建造物は一切ないが、僕の眼前には十や百では足りないほどの、これまでに僕が殺してきた転生者の群れだけがうごめいていた。


 Sの壁を超える、それもうまく情報を得ることすらできないような世界には、できる限り経験豊富なベテランのエージェントをあてたい。それは当然の思考だ。

 けれどこの世界においてはそれが完全に裏目に出てしまっている。

 もしもこの世界が自ら殺めた人間を具現化する世界なのだとするならば、ベテランと新人で任務達成の難易度に天と地ほどの差があるといえる。


 この死者の群れが僕の記憶から作られた夢か幻か。

 それともこの世界が死後の世界とでもいうべき世界なのか。

 そんなことは考えたって分かるわけもなかったが、目の前の一人一人のすべてが僕に殺意を向けていることくらいは容易に分かった。



「ご丁寧に一人ずつの一言をどうも。

 できればこの調子で、この場にいる全員の口上を聞かせてくれないかな。」



 内心では焦りながらも、僕は挑発するように軽口をたたく。

 それと同時に今までの世界で培ってきた感覚を呼び戻す。

 

 世界線同調は使わない。

 いや、正確には使う必要が無い。

 これだけ多種多様な連中が実在する世界だ、同調するまでもなく、世界そのものにあらゆる理を受け入れる素地がある。

 魔法は、使える。

 超能力、これも使えそうだ。

 身体能力、大丈夫、研ぎ澄まされている。


 数瞬先の未来ではこれまでの世界の、あらゆる可能性が僕を襲ってくるだろう。

 それに対して僕はあらゆる可能性を用いて、どうにか生き延びなければならない。



「「「「「「「「「「死ねええええええええ!!」」」」」」」」」」



 一度僕が殺した転生者たち。

 君たちはいわば僕の勝手な都合で殺された、被害者たちだ。

 恨まれる理由はいくらでもあり、僕はやり返されても一切の文句を言える立場ではない。

 それでも、ごめん。


 僕の勝手な都合で、もう一度死んでくれ。

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