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Jg93998世界 愛ノ町 【単独】

 私はエージェントIh014。

 この世界での名は永地 愛。

 現在、私が転校生として潜入する高校の教室の廊下で待機中。

 教室の中から先生と、生徒たちの声が聞こえる。



「とっくにチャイムなったぞー、席つけー。」



 ちなみにこの世界では、人は恋に落ちると命を落とす。



「あれ、そういえば今日、加藤のヤツ見なくね?」


「あー、加藤、死んだらしいよ。

 なんでも隣のクラスの図書委員の梅木さんと登校中にぶつかった拍子に覆いかぶさったらしくて。

 その時にぶちゅっといったんだってさ。」


「そっかー。

 誇れることとはいえ、事故でなんてやるせなかったかだろうに。」


「でも加藤、梅木さんのこと好きだったらしいから本望なんじゃね。」



 正確には、キスをすると命を落とす。

 とてもシンプルで、あまりに馬鹿げた常識だ。



「今日は転校生を紹介するぞー。

 ほら永地、入ってこーい。」


「し、失礼します!」



 私が扉を開き、教室に入ったとき。



「「「!!」」」



 男子が三人、突如として全身の力が抜けたような状態になり、その場で一瞬ピンク色に発光した。



「えっ。」


「はっはっは、一目ぼれが三人か。

 永地、おまえモテるみたいだな。

 先生もうらやましいぞー。」



 この世界の異常性は話には聞いていたものの少なからず動揺する私とは対照的に、先生や周りの雰囲気はとても和やかだった。

 だいたいみんな、くすくすと笑っているか平然としている。



「本来なら自己紹介でもしてもらうところなんだが、タイミングの悪いことに今日はテストだしな。

 早速で悪いが、空いている席に座って準備をしてくれ。」



 一つ、恋愛に関わる行為または思考に至った際、人間からは愛力が発生する。

 二つ、キスをするとした側が命を落とす。

 三つ、この世界では性行為という概念が存在しない。


 これが今回、事前に得ていた世界の常識に関する情報。

 どうにも他にもこの世界特有のヘンテコ常識がありそうな気もする。


 聞いてはいたが、目の当たりにして改めて実感する。これが、Jの世界か。

 Jから先の世界と、JよりもAに近いIまでの世界とでは任務の質がまったく異なるものと考えるべきだ、という話を先生、エージェントAa004から聞いたことがある。

 世界線におけるJの壁、なんて表現したりすることもあるとかないとか。

 ……なるほど、たしかにマトモな考えでは気がおかしくなってしまいそうだ。



「あー、テスト全然できんかったわ。

 問10あたりの我が国の発電割合を答えよとかいう問題、記号選択形式ならできたと思うんだけどなあ。

 まさか記述形式とは。」


「おまえあの問題出来なかったとか、他にどこの問題で点数稼ぐんだよ。

 愛力7割、火力2割、その他1割。

 クソ分かりやすいじゃん。」



 恋愛とは特定の相手に対し、性的欲求を含んだ信頼関係を持ち、お互いを特別で大切に思うこと、もしくはそういう関係になりたいと願うこと、それら一連の気持ちやそれに付随する行動などを指した概念。

 で、合ってるらしい。

 性行為の概念はないのに性的欲求はあるんだ……とか思ったけど。


 で、なんでキスをしたら死ぬの!?

 そんな世界で学校が存在して、ましてや共学高校に通うなんてそれはどうなの!?

 愛力って何なの!人間から発生して、発電にも使えるって都合が良すぎない!?

 性行為という概念が存在しないって、そもそも赤ちゃんはどうやって生まれるの!?


 などなどなどなど。

 それらの疑問はすべて、気にしてはいけない。気にしてはいけないのだ。



「ところで次の時間、テストにどんな問題出ると思う?」


「そうだなあ、愛力の電気エネルギー変換の公式あたりはまず出るだろうな。」



 しかし今回の任務で幸いと言えることは、転生者が特定されていることだ。

 先ほどから耳に入ってくる男子二人組の会話。

 このうち一方がこの世界の転生者逢坂 愛希である。

「愛」に希望の「希」でアイキとは、この世界を象徴する名前のように思える。


 てっとり早い話、今回の任務は転生者アイキが誰かにキスをするように仕向ければいいのだ。

 キスでの死であれば、この世界においては自然且つ幸せな死であるらしいことは既に朝の会話から分かる。

 ただ、転生者である以上、アイキにも死ぬことに対する抵抗はもちろんあるだろう。

 この世界の住人にキス死への抵抗が無かろうと、私には当然抵抗があるのと同じことだ。



「ところで、何かさっきから視線感じない?」


「それ、もしもただの自意識過剰だったらかなり恥ずかしいぞ。」



 一度、会話する二人組に向けていた目と耳をそむける。

 そして、頭の中で作戦を組み立てていく。

 今回は頑張らなければならない。

 Jの世界だから、ということももちろんある。


 しかし一番の理由は。

 私、エージェントIh014の単独任務だということだ。

 研修の中間評価とも言える単独任務。この世界には先生が、いつも助けてくれたエージェントAa004がいないのだ。


 あらためて覚悟を決めて、けれど今は目の前のテストの問題用紙に目を落とした。


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