Aa00005世界 ジェペェン 「そしてまた日常へ。」
予想滞在猶予期間というのは、世界線移動の前に予測されあらかじめエージェントに伝えられる滞在猶予期間の目安のことだ。
しかし実際のところあくまでもそれは「予想」であって、実際に滞在できる期間は誤差が±1割程度で生じると言われている。
このことは出会った最初の頃に師匠から聞いていて、ちゃんと覚えていた。
このAa00005世界での残り滞在猶予期間もいよいよ僅か。
住み慣れたこの家に居られるのもあと少しで、そろそろいつ意識の海へ帰還することになってもおかしくはなかった。
「あらためて言っておくが、今のうちにやりたいことがあれば遠慮せずに言っておけよ。
次にこんなに羽の伸ばせる機会が来るのはいつかわからないからな。」
師匠は一貫してそう言ってくれる。
実のところ、オレには一つだけやってみたいことがあった。
ただ、それを言うのは少し憚られたのだ。
「言ってみろよ。
何かあるんだろう?やってみたいこと。」
「……うん。」
やっぱり師匠はお見通しで、ずばり言い当てられる。
言いにくいことではあるけれど、やむを得ず口に出す。
「その、オレと同じくらいの歳の奴らと、遊んでみたいなあ……なんて。」
「……あー。なるほど、なるほどなぁ。」
「ごめん師匠、今のやっぱナシ。」
複雑な表情を浮かべる師匠を前に、前言撤回する。
叶えてやりたいけれど、先のことを考えるとすべきではない。
そんな葛藤がありありと感じられる。
「その、オレ馬鹿だけどさ。
それでもエージェントがあまり現地の人間に肩入れしたり、必要以上に仲良くなったりするべきじゃないってことくらいはわかるよ。」
それは本心だ。
そして最期まで言うのが憚られた理由でもある。
オレたちエージェントは滞在猶予期間を終えれば意識の海へと帰還する。
それは絶対のことであり、また以前に行ったことのある世界にもう一度行くことになる可能性は非常に低い。
仲良くなればなるほど別れが辛くなるのが人間だ。
オレたちエージェントに、必要以上に人と関わる理由は無い。
けれど、表面上だけの薄っぺらい付き合いだけでは物足りない、満たされないのもまた事実だ。
「そうだよな。
友だちくらいほしいよなあ。
もっともな意見だ。」
優しく、まるで泣いた子どもをあやす様にオレを撫でる師匠。
「ただなあ、やっぱり俺としてはあまりおまえに辛い思いはしてほしくないんだわ。
申し訳ないんだが、少なくともこの世界にいる間は遊び相手は俺みたいなおっさんで勘弁してくれ。悪いけどな。」
違うよ、師匠に不満があるわけではないんだよ。
そう言おうとして、あることに気付いた。
この世界にいる間は、とはどういうことだろう?
「よし、意識の海に還ったら提案してみるか。」
「何を?」
「合同任務だ。
同じエージェント同士のな。」
合同任務。聞きなれない言葉が出てくる。
本来研修期間中にはあまり行われるもんじゃないから提案が通る保証はないが、と前置きをして師匠は続ける。
「転生反応光が観測された世界のうち、性質上エージェント一人では荷が重いと判断された場合、同じ世界に複数のエージェントが同時に送り込まれることがある。
例えば大規模転移案件なんかだと、一度に複数人の転移者を相手取る関係上、5人くらいのエージェントが同時に送られるケースだってあるわけだ。」
「そ、そんなこともあるのか。」
「ああ。そんで、エージェントの中にはおまえと気の合う奴だっているだろうよ。
現地人と違って、エージェント同士の仲を深めておくことは決して悪くない。
相性の良いヤツが見つかれば、その後も合同任務にセットで送り込まれることが多くなる。」
つまりはエージェント同士の友だち、戦友を作ればいいということだ。
確かにそんなヤツがいたら、少しは楽しみも増えるだろう。
「師匠にもいるのか?
その、気の合う友だち?みたいなエージェント。」
「いるよ。
俺とは全然性格の違う、真面目が服着て歩いてるような、最強のエージェントがな。」
くくっと笑う師匠の瞳からは、確かに親愛の情が見て取れた。
オレはまだ見ぬその人物を思い浮かべる。
当たり前だけど、どんな人物だかはまだ想像もつかなかった。
そして、オレと師匠はまた、殺し合いの日常へ。
オレたちがエージェントAa004、エージェントIh014の二人と合同任務にあたるのは、もう少しだけ先のお話だ。
エージェントIh030
エージェントAa015
残り滞在猶予期間【0日】。