Ch12025世界 ノルウェーニッセ 「実力が足りていない。」
「さて、と。じゃあ、まあ気は進まないけれど、正攻法で行くか。」
宿に帰ってくると同時に師匠の第一声。
無言で重苦しかった空気を物ともせずに、あっけらかんと言い放った。
「正攻法……?」
「おうよ正攻法。サンタが現れたと同時になんとか一撃必殺。
当然お尋ね者になるだろうが、どうにか滞在猶予期間が切れるまでは逃げ切る。」
「で、できるのか?」
「知らん。ダメならダメで仕方ねえ、そん時は諦めろ。」
なんとか一撃必殺、どうにか逃げ切る。
なんてテキトーで抽象的な作戦だと思ったが、オレには何も言う資格はない。
「まったく、シケた顔してんじゃねーよ。」
そんなオレを見かねてか、師匠はオレの頭を乱暴に撫でた。
「サンタの配達区域は公表されてる、この宿屋に来るサンタは間違いなく転生者だ。
おまえはただ、良い子として寝てるふりをしてりゃあそれでいい。俺がどうにかしてやるから、心配すんな。」
違うんだ師匠。
たしかに任務の失敗が、自分の消滅が怖くないと言えばウソになる。
でもそれよりも実力が足りていない自分が、結局はまた師匠に頼り切ってしまう自分が情けなくて悔しいんだよ。
けれどそれすら言葉にできなかった。
そんな気持ちとは無関係に時間は流れ、あっという間に深夜。草木も眠る丑三つ時。
と、いう表現がこの世界にもあるのかどうかはわからないけれど、とにかく深夜。
サンタクロース族は聖夜の夜にトナカイに乗ってやってくる。
その情報の通り、サンタクロースは確かにオレたちの泊まる宿にやってきた。
「良い聖夜を。」
目を閉じるオレには彼がどうやって部屋に入ってきたのかはわからない。
ドアが開いた音もなければ当然宿の一室に煙突なんかもない。
けれどただ囁くようなその言葉が、たしかにそこにサンタクロースがそこにいるとオレに教えてくれた。
そしてその直後、グズリ。
「は?」
「お返しだ、良い来世を。」
形容しがたい嫌な音と同時に、今度は師匠の声が聞こえた。
「さあ、逃げるぞ。目を開けろ。」
オレが目を開いたとき、そこにはもうサンタが血だまりの中に倒れていて。
いつになく真剣な顔をした師匠が短剣片手にこっちを見ていた。
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「ダメならダメで仕方ないとか、諦めろとか言い出した時はどうしようかと思ったけどさ。やっぱ師匠、アンタ頼りになるよ。」
「……いや、俺は心の底から、本心で消滅してもいいと思ってんだよ。」
「え?」
「俺たちは意識だ。歳をとることも成長することも、何かを残すこともないままに、ただただ人殺しを続けるだけ。そんななら、別に死んだって良いじゃねえか。」
「……。」
「まあマトモな神経してたら自殺さえしかねないから、本来エージェントはそんな思考ができないよう思考にロックがかかってる。」
「は?」
「俺が師匠でよかったな。おまえももうロック外れてるぞ。」
「ちょ、何、思考がロック?誰が、どうやって?」
「教えてやってもいいが、俺もあくまで推測なうえに面白い話でもねえぞ。」
「……じゃあ、それよりも聞きたいことがある。」
「ん、なんだ。」
「さっきの本心で消滅してもいいって話。じゃあ師匠はなんで自殺しねえんだ?」
「うるせえ、少しは自分で考えろ。」
「いてっ。なんでデコピンすんだよ。」
「Ih030こと、さっちゃんよ。
おまえに愛着がわいたからだなんて、本人目の前に言えるかっつーの。」
「えっ、ええ!?は、恥ずかしいじゃねえか……っていうか結局本人目の前にして言って、」
「しっかしおまえ、なーんで一人称が『オレ』なのかねえ。
顔だけはかわいらしい女なのに、もったいない。」
「うるせえ!少しは自分で考えろ!」
「真似してんじゃねえ。」
はるか上空、奪ったトナカイか運ぶソリの上、殺人犯二人の逃避行ならぬ逃飛行。
追手はサンタの大群と来た。
「なあおい、さっちゃん。」
「うん?」
「良い聖夜を。」
「なんだそりゃ。……良い聖夜を。」