Ch12025世界 ノルウェーニッセ 「愛情が足りていない。」
このCh12025世界には年に一度、聖夜と呼ばれる特定の日にだけ空を飛ぶトナカイと呼ばれる生きものが存在する。
そしてそのトナカイの引くソリに乗りながら月光に照らされ、世の中の人々に無償でプレゼントを配るという奇妙な人種、サンタクロース族が存在する。
彼らは他の人間と同様に様々な仕事に就いて日常を送っているが、種族のうち成人を迎えた者たちは聖夜の一週間前から休暇を取って聖夜の準備にいそしむ。
彼らはこの仕事に誇りを持っており、また他の人間たちも無償の愛を注いでくれるサンタクロース族に感謝している。
プレゼントを配る相手の善悪や老若男女を問わない彼らの愛は決して押し付けがましいものではなく、彼らがプレゼントを配らない相手はプレゼントを望まない者である。
ゆえに、この世界においてサンタクロース族を嫌い憎む者などはまずいないと考えていい。
これが今回の世界に関する肉体に添えてあった情報。
そして案の定、今回のターゲットはそのサンタクロース族。
しかも時期は聖夜の直前だ。
そんな中オレたちは、宿の一室で作戦会議中だ。
「いやあ。今回清々しいまでに悪者だよな、俺たち。」
なぜか嬉しそうにそう言う師匠。
基本的にこの人の性格はひねくれている。
「うーん、でもまあ確かに難しそうな任務……」
「っとに馬鹿だなあ、さっちゃんは。」
「ああ!?」
「悪者だとは言ったが難しいとは言ってねえよ。」
間髪入れずに飛んでくるヤジに思わず威嚇する。
世界中の人々に慕われているような人物を殺すことが難しくないとでも言うのかこのおっさんは。
……ただ、悔しいことに師匠がこういう物言いをするときはたいてい正論が控えているのだ。
「世界中の人に慕われるってことは、普段命を狙われるなんてことには無縁ってことだろ?
じゃあ逆に油断でも何でもつきやすいってことだろうよ。
あのなあ、おまえもうちょっと頭を柔らかくしないと本当に消滅だぞ?」
「ぐっ!」
ほら来た正論だ。
案の定、悔しいことだがまったくもって言い返すことができない。
だが、それならせめて今後どう行動すべきかを提示すれば、少しは認めてくれるだろうか。
「じゃあ、出会いがしらに急所にナイフでもぶっこんだらいいわけだよな。」
「別にその後の滞在猶予期間、サンタ殺しの極悪人として逃亡生活を送りたいなら俺は止めねえぞ。」
「……もうちょいちゃんと考えてから発言する。いや、します。」
深く考えないオレが馬鹿だった。
こういう部分でオレは無能なのだろう。
悲しいことだが、オレは深く考えるということが苦手なのだ。
「そもそも、もうちょい声は落として喋ろうな?
そこそこ良い質の客室だから防音も大丈夫だろうが、こんな話をしてんのを誰かに聞かれたら通報されないとも限らん。」
「あー、なるほど。」
「ただでさえ俺とおまえはパッと見て歳の差があって怪しいんだからな。」
「?なんで歳の差があると怪しいんだ?」
素朴な疑問を尋ねた、ただそれだけ。
それなのに師匠はふぅとため息を吐き、大げさに頭を抱えて見せた。
「……いや、もういいわ。とりあえず今日はもう寝るぞ。
聖夜は明日の夜だ、今日はゆっくり休んどかねえとな。」
そしてそれだけ言うと、師匠はのそのそと先にベッドにもぐりこむ。
それに続いてオレも師匠の横にもぐりこんだ。
「あのさあ。おまえ普段ツンツンしてるくせに、なんでこう場面場面でしおらしくなるんだよ。」
「し、仕方ねえだろ、夜が怖くて克服できねえんだから。」
意識の海に一人でポツンと存在する感覚。
オレにはあの感覚がとにかく恐ろしくて、その感覚に近くなる夜はとてつもなく心細くなる。
初めて師匠と顔を合わせた世界でも、別々の部屋で寝ようとした初日の夜に耐えられなくなった。
出会ってすぐの人間に一人で寝るのが怖いと打ち明けるのは恥ずかしかったし、怖くもあったが、師匠はなんだかんだと言いながらも一緒に寝てくれた。
だからだろう。
オレはあまり素直には慣れないが、それでも師匠のことは信頼している。
「……おまえもきっと、エージェントになる前は愛情に飢えてたんだろうなあ。」
「え?」
「いや、なんでもねえわ。ほれ寝るぞ。」
ポツリと呟いた師匠に頭を撫でられる。
なんだか流石に照れくさかったけれど。
師匠の優しさに包まれてる気がして、この日は気持ちよく眠れる気がした。