Ch12025世界 ノルウェーニッセ 「緊張感が足りていない。」
オレ、エージェントIh030には悩みがある。
「なーに小難しい顔してんだよぉ、さっちゃんよぉ。」
「だからこの世界ではサティって呼んでくれって言ってんだろ。」
「何言ってんだ、サティだからこそ頭文字を取ってさっちゃんで良いだろーが。
んで、なんか悩み事でもしてんのか?」
短髪長身黒スーツ、大人の雰囲気ただようおっさんが、ヘラヘラとオレのことを子ども扱いしてくることではない。
いや、これも確かに悩みではあるのだが、このおっさんはオレの師匠であり転生撲滅委員会でも五本の指に入るトップエージェントだというのだから我慢するしかない。
「……オレ、エージェント向いてねえのかもなって思ってさ。」
「あー、まあ確かに向いてないかもな。」
「そこは否定してほしかったよ……。」
悩みというのはオレの不甲斐ない成績のことだ。
転生撲滅委員会のエージェントとして任務に挑み、オレはこれまでに既に二度の失敗を重ねている。
残りの成功した数回の任務だって、師匠であるAa015におんぶにだっこといった具合で自分の力とはとても言えなかった。
「そうは言ってもなあ。エージェント向いてるなんて言われることは人殺しに向いてるって言われてんのと同じことだぞ?」
「そう言われれば、たしかにその通りかもしんないけどさ。」
「まあ、向いてるも向いてないも何も、おまえ今ツーアウトだから次ミスったら意識消滅だし文字通り死ぬ気で頑張んなきゃだけどなー。」
そう、情けない成績だからこそ、どうやって次に……って、
「は?」
「あっ、やべ、これ言っちゃダメなヤツだった。」
「は???」
意識消滅だとかいう、ものすごく物騒な用語が出てきたことに動揺を隠せない。
初耳だ、というか、なんだそれ!?
「ちょ、ちょっと待ってくれ。くわしく、くわしく!!」
「いや基本的に新人エージェントは研修期間中に三回任務失敗を重ねると、適正ナシと判断されて意識が消滅するらしいんだよ。」
「な、なんだそりゃ!消滅するって、委員会に消されるってことか!?」
「知らねーよそんなもん、俺たちベテラン勢だって新人は研修中にスリーアウトでバイバイだから気を付けてやれってことしか聞かされてねーんだから。
それに委員会に消されるんだとしても仮に世界の意思によって消されるんだとしても、同じ消えるなら理由なんざ知ったところで意味は無いだろう?」
事もなげに言ってのける師匠。
いつものこととはいえ、これだけ深刻な話題でもヘラヘラとおどけて見せるところに腹が立つ。
くそっ、師匠は安全な立場で高みの見物か……!
「まあ、今回は任務に失敗すりゃあツーアウトのおまえはもちろんのこと、俺の意識も消滅するから一蓮托生よ。」
「は!?」
「いや、この世界に来る前に意識の海で言われたんだよ。最近失敗が続いてるから今回も失敗するとやべえんだってさ。
ほら、俺って不真面目なところあるじゃん?」
思わず声に出たオレの驚愕の言葉にも、師匠はあっさりと答えてしまう。
高みの見物どころか自分も当事者であるにも関わらず、この余裕はなんなんだ!
「いやいやいやいや、新人エージェントはって話だったんじゃねえのか!?」
「んー、流石にこなしてる任務の数が違うから三回とまではいかないにしても、ベテランでも失敗を何度も何度も繰り返すとダメなんだと。」
「じゃあなおさら今回は研修もへったくれもなく、死に物狂いで挑まなきゃマズいじゃねえか!」
「まあまあ、気張るなよ。ダメならダメで仕方ねえわ。そんときは諦めようや。」
「師匠はもっと気張ってくれよ!!緊張感が足りてねえよ!!」
「だーかーらぁー。今のおまえみたいに取り乱して本来の実力発揮できない奴がいるからホントは伏せとかなきゃいけないことだったんだよ。」
「っ。」
取り乱して本来の実力を発揮できない。
そのもっともな言い分を含んだ言葉で、少しだけ頭が冷えた。
たしかに冷静さを欠いたまま任務にあたることが非常にまずいことくらい、失敗続きのオレにだってわかる。
「って、じゃあ最初から口を滑らすなんてことしないでくれよ!」
「ははは、わりぃわりぃ。」
まあ、でも。
そう言って師匠は続ける。
「これで今まで以上に今回の任務に対する覚悟ができただろう?」
そう言ってニヤリと笑う師匠を見て、やっぱりこの人にはかなわないと思うのだ。
……でも、たしかにこれで覚悟が決まった。
オレたちは、いや、オレは。
なにがなんでもこの世界でサンタクロースをぶち殺さなければならない。