Ds12166世界 役職の箱庭 【光線】
「実はさ、聞こえてたんだよ。
三分なんだって?それが保つの。」
幻のように、最初からそんなものは無かったかのように霧散した星屑。
その場に残された非力な私。
「数えきれないスキルを持ってるんだ。
なかでも【地獄耳】ってのは地味ながら良い仕事をするスキルでね。
しっかり聞こえてたんだよ。んで、三分の制限付きって考えたらそのアホみたいな強さにも納得がいった。」
ペラペラと喋る転生者は、自身の勝利を確信したのだろう。
もはや私にマトモな打つ手は残されていない。
一歩及ばなかった、などと言うつもりは無い。
結果的に遠く及ばなかった。
それは疑いようがないだろう。
「おいおい、だんまりかよ。
絶望するのは分かるけどさ。
……せっかくだ。さらに絶望しろ。」
【変幻自在】。
人型の転生者は自らの形を変え始める。
急激に膨らんでいく身体。おそらく本来の竜の身体に戻るのだろう。
今までそれをしなかったのは、おそらく振動剣を恐れていたから。
身体は小さい方が攻撃を避けやすい。当たり前だ。
ただ、今の私相手ではもう攻撃を避ける必要さえ無くなったということだ。
一歩及ばなかった、などと言うつもりは無い。
結果的に遠く及ばなかった。
――ただし、それはあくまでも正攻法での話だ。
おとなしく人間形態のままでいればよかったものを。
「握飯光線。」
私の人差し指から、か弱い光が真っすぐに進む。
その光が今まさに変形を終えようとする転生者に当たった時、そこにはただ一つのおにぎり。
竜になり損ねた、喋るお握りの完成だ。
「――は!?」
「いただきます。」
《役職【フードファイター】》
《固有スキル【神速喰い】》
《自身の視界に入っている食べ物に限り、何者にも干渉されず一瞬のうちに平らげ且つ消化できる。》
目の前の喋るおにぎりが元は竜であろうと関係ない。
仮に身体の一部さえ残っていれば再生できるような能力を持っていたとしても関係がない。
相手が食べ物である以上、何者にも干渉されずに私は消化、つまり消滅させることができるのだから。
「ごちそうさまでした。」
ちょうどおにぎり一個分が満たされたお腹をさすって一人つぶやく。
終わった、んだよな?
終わったんだよね?
上手くいった結果とはいえ、その最期の呆気無さに現実感が無い。
誰かに、確かに終わったんだと肯定してほしかった。
「おめでとうございます。
流石、フォー様の相棒なだけありますね。」
「!?」
驚き振り返る。
そこには転生者に首を切り落とされたはずの悪魔。
「よかった、死んでなかったんですね。」
「ええ。何せ騙すのが得意な悪魔なものですから。
とはいえ奥の手を使いました。流石に本当に死を感じましたよ。
今のワタクシはフォー様同様、満身創痍の状態です。」
振り返れば、今回の作戦は悪魔たちの協力がすべてを握っていた。
先生と人質の小鬼は邪神の試練洞最奥の悪魔たちの下で保護・監視。
局所的再現呪法による星屑の再現と対地帝竜決戦時の共闘。
そして何より、必殺魔法・握飯光線の実現と提供。
「本当に、本当に助かりました。
あなた方の協力が無ければ、私は既に生きてはいないと思います。」
「いいえ、何よりあなたの非凡な発想があってこその勝利ですよ。
いくら悪魔の魔法制作技術があっても、発想がなければ何も生まれません。」
もはや人の気配も無く、倒れた建物の残骸だけが広がる地で、深く深く頭を下げる。
私が頭を上げた時、微笑む悪魔の顔が映った。
誰でも問答無用でおにぎりに変身させる魔法。
そんなものは実現不可能だということくらい考えなくともわかる。
ただし元からおにぎりに変身できる者、つまり【変幻自在】のスキルを有する者をおにぎりに変身させる魔法。
これなら実現可能なのではないか。
その発想のもと、悪魔の協力で完成したのが握飯光線。
対象が何か別のものに変身しようとしたそのタイミングで、魔力の流れを意図的に阻害する。
つまり、対象が希少スキルである【変幻自在】のスキルを持ち、且つ光線使用者自身の目の前で変身を行う際にだけ効果を発揮するとんでもなくニッチな魔法。
あの日酒場で飲み交わした悪魔たちは、嬉々としてこの魔法を二日で完成させてくれていた。
「それに、我々も敵討ちができたのです。
感謝するのはこちらも同じですよ。」
その声でこの三日間を振り返っていた意識が引き戻される。
その時私は見てしまった。
悪魔の目に光るもの、悪魔のイメージとはかけ離れた涙を。
「その、失礼な質問なのかもしれませんが。
地帝竜に食べられたお仲間は、どんな方だったんですか?」
「……そうですね。」
ワタクシにとっては、あなたにとってのフォー様のような方でした。
そういった彼はすぐにいつも通りの平静を装う。
……勝てて、良かった。
「さあ、帰りましょう。
きっと夢でも見ながら、フォーさんもあなたの帰りを待っているでしょうから。」
「……はい。」
こうしてようやく、この世界での長い旅が終わる。
次は、戦いの無い世界がいいな。
そんなことを思いながら。