Ds12166世界 役職の箱庭 【交渉】
「――つまり世界線同調は僕にとっての奥の手。
本来であれば転生者である地帝竜との戦いまで温存することが大前提で、決戦であっても極力使いたくはない切り札だったんだ。
それがまさか、生き延びるためとはいえ部下のモンスターに使わされるとはね。
まいったよ、本当に。」
アイに、教え子であるIh014に、不甲斐ないところを見せちゃったな、と先生は言う。
戦闘終了後、即座に転移魔方陣を起動。
すぐさま拠点としている町に戻ってきた後、先生の昔話は宿屋のベッドの上で語られた。
その間私はずっと回復魔法をかけ続けていたが、まるで破れた風船に息を吹き入れているかのように手ごたえが無い。
「ありがとう、アイ。
でもごめんね。この世界ではもう、僕は戦力にはなれない。
戦うことはもちろん、ベッドから起き上がることすらできる気がしないんだ。
……世界線同調の後は、いつもこうなる。
もしかしたら、世界に異物だと認定されたような状態なのかもしれないね。」
弱々しい笑顔で私に話しかける先生。
その瞼は今にも閉じてしまいそうで、今まで見てきた頼りになる先生からは想像もつかないほど儚い姿だった。
私は先生に何と声をかけていいか分からなくて、それを知ってか知らずか先生は一方的に語りかけてくれる。
「ああ。そろそろ、起きていられるのも、限界みたいだ。
本当に、申し訳ない。
けれど、後のことはアイ、君に任せた。
策を練って、立ち向かってもいい。
転生者の排除は、諦めて、交渉をするのもいい。
無論、僕を置いて、逃げてもいい。
無責任で、ごめ――」
最後の一言は途中で途切れた。
その先は、私が言わせなかった。
私に手で口をふさがれた先生は一瞬だけ驚いた表情を浮かべると、今度は笑うように目元を緩めて、そして眠りに落ちていった。
――ごめん、だなんて。ごめんなさいだなんて。
そんなセリフは、先生が口にするべき言葉じゃないです。
先生のお役に立てなかった、私が言うべきものです。
心の中でそう呟く。
でも、まだだ。まだ何も終わってはいない。
嘆くのも諦めるのも、まだ早い。
こちらには人質、そして三日の時間的猶予。
思考を止めるな、使えるものはすべて利用しろ。
何としてでも生きて戻るのだ。
無論、先生と一緒に。
――――――
――――
――
それから、三日後。
「どうも、こんにちは。
この部屋に宿泊中のフォーさんに用があって来たのですが。」
「ご丁寧にどうも。私はアイ。
暗黒騎士フォーの、代理のものです。」
「ああ、よかった。
じゃあ場所違いでも人違いでもないわけだ。」
途端に殺気が膨れる。
ステータスなんか見えなくたって分かる。
間違いなくこいつが地帝竜、転生者だ。
「仲間の命が惜しければ、三日後に一人で僕を訪ねに来い。
そんなことを言うくせに肝心の場所さえ教えないだなんて、悪魔かと思ったよ。」
「けれど、事実としてあなたは辿り着いたでしょう?」
「まあな。
で?小鬼は?フォーは?要件はなんだ?」
「じゃあ手っ取り早く本題を。
フォーはとある場所で小鬼を監禁しています。
もちろん、私からの合図でいつでも殺せる状況にあるわけですね。
そしてここが重要。私たちにとって、あなたは邪魔です。
小鬼は無事に帰しますから、代わりに死んでくれませんか。
もし嫌だというのなら、小鬼にはすぐにでも死んでもらいます。」
少しの間。
それからくつくつと響く転生者の笑い。
笑いながらも殺気はさらに膨れ上がる。
「はあ、笑わせてくれる、どこまでも人を馬鹿にしてくれる。
答えはノーだ。交渉になってすらいない。
たしかに俺は俺の仲間が殺されるのは絶対に嫌だ。
だから、こちらからおまえに手は出せない。
ただ、手を出せないのはおまえも同じだろう?
先に人質を殺してしまったら、俺を縛り付けるものがなくなる。
その時は容赦なくおまえたちを、おまえたちに関わる者すべてを皆殺しにしてみせるよ、俺は。
つまり現状としては、膠着状態だ。」
「うーん、はいそうですか、と死んでくれるほど馬鹿じゃあなかったですか。」
「……おまえ、やっぱり馬鹿にしてるな?」
「ええ、もちろん。
なんてったって、私、実は悪魔なもので。」
破壊音。
転生者の隣の部屋に待機していた私は壁を蹴り破り、そのまま偽物の私と対面する地帝竜と思しき人型へと攻撃を仕掛ける。
身に纏うは【星屑】。
振りぬくのは振動剣。
――さあ、お互いに選手交代の、最終戦だ……!!