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“4”の昔話

 



 その(・・)時はまだ世界線の絞り込みの精度が今より劣悪で、実際に世界に到着してみるまでは事前に分かる情報なんてものはほとんどなかった。

 当然エージェントの研修制度なんてものも存在していなくて、今よりずっとずっとエージェントの意識の海への生還率も低かったそうだ。

 ただ、そんな状態だったからこそ僕、エージェントAa004を含め、初期の委員会メンバーは危機察知能力というかなんというか、第六感的な能力が研ぎ澄まされていた。



「もう、無理だろ、これ。」



 それでも思わずそうこぼしてしまうほど、僕が死を感じたことも何度もある。

 そのうちの一回、僕が初めて真に追い詰められたのがF世界、創世剣の世界の勇者を相手にした時だった。

 転生者の名前はラーラス。

 彼は変幻自在の神器・創世剣の使い手で、また如何なる小細工も寄せ付けない圧倒的な実力と頭のキレを兼ね備えていた。



「よくもまあこの実力差でここまで食い下がったとは思う。

 ただ、それもここで終わりだ。

 自分は命を狙っておいて、まさか命乞いをするなんてことはないよな?

 ……さて、最期に何か言い残すことはないか。」



 当時、いざ世界に着いてみれば村人・一般人以下の貧弱な器に出鼻をくじかれ、それでもあらゆる可能性を探って勇者に挑んだ僕は、やはり力及ばずその圧倒的な実力差で剣先を喉元に突き付けられた。


 何かできることはないかと脳細胞を全力で稼働させ、それでも不可能の三文字しか浮かび上がってこなかったとき。

 僕の中で積み重ねられてきた何かが弾け、しかし実を結んだ。



「……最後に、試してみたいことがある。」


「ん?なにをだ。」



 脳が、魂が。焼き切れるかのような感覚を覚えた。

 筆舌しがたい激痛の中で、けれど「いける」という確信が生まれた。


 ――それは、僕の意識・器を依り代に、異なる世界線の(ことわり)を適用させること。



「【変身】。」


「!?」



 ファンタジーの色が強く出た創世剣の世界の中にあって、しかしその一言で僕は特製スーツに身を包むヒーローへと変身した。

 過去に経験したMの世界線の強力無比な変身は、このF世界において一時的に再現することができた。



「うおぁあああああああああああああ!!!」



 そこから先は、もう血みどろ(・・・・)の殺し合いだった。


 世界を作ったとさえ言われる創世剣の一撃を、世界の平和を保つために生まれたというヒーローの刀が受け止め。

 悪を挫くために放たれるというヒーローの光線銃を、世界を繋ぎとめるために在るという創世剣の鞘が弾き飛ばし。

 何かの冗談にしか思えないような馬鹿げた、しかし疑う余地のない頂上決戦の光景が繰り広げられた。



 そして結果、最後に立っていたのは僕だった、という話だ。



 意識が魂が、音を立てて崩れるような感覚に倒れそうになりながらすぐに悟った。

 この力は決して多用できるものではなく、また自由に世界の(ことわり)を適用させることのできる力でもないと。



 僕が世界線同調と名付けたこの技には、いくつかの制限があった。


 まず、使えるのは一つの世界で一度きり。

 反動で来る満身創痍の状態は時間経過では決して治らず、意識の海へ帰還してようやく徐々に収まっていく。

 そしてこれは確認しようのないことではあるが、おそらくこの技を多用すれば僕の意識は耐え切れずに消滅する。

 当然、限界を迎えるのがいつかは分からない。


 加えて重要なことに、該当世界と縁のある世界の理ではないと自身の意識・器を依り代に適用させることができない。

 この縁というものは世界線番号が近いなどという単純なものではなく、非常に感覚的な物だ。

 今までに数えきれないほどの世界を渡ってきた膨大な経験の中から、なんとなく(・・・・・)「今いる世界には、この世界の理が適用できる」と感じ取れるものを選ぶ。


 だからこそ、おそらくこの技は他の誰にも真似はできない。

 もしもできる者がいるとすれば、それは僕と同等以上の世界を巡り廻ってきた人物だろう。





 意識の海に戻った際の報告で、このことは伏せた。

 何故そうしたのかという明確な理由は無かったけれど、強いて言うなら奥の手は誰にも晒すべきではないと思った。

 結果、一般人以下の性能の器をもって勇者を屠った男という肩書が生まれた。


 ……そして僕は、最強のエージェントと呼ばれるようになった。


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