Ds12166世界 役職の箱庭 【解説】
「ど、どうして。」
驚きを隠せない瞳。
刺されたことが信じられないという表情。
「どうして、偽物だとわかった……?」
僕は苦痛に歪むアイの首を、いや、アイの顔をした偽物の首を切り落とした。
場内の静まりはなおも続き、まるで誰かが何かを言うのを待っているかのようだった。
「さあて、どうしてでしょう。」
剣を振り血を払い、実況席を見上げる。
恐らくはその近くにでも、本物のアイがいることだろう。
「……よろしければ、偽物と判断した理由をお尋ねしても?」
決して大きな声ではない。
けれども静寂を迎えた闘技場において、その実況の悪魔の声は誰の耳にも聞こえただろう。
好奇心を抑えきれないその声が。
「そうだな、理由は大きなものと小さなものを合わせて4つ。
まず1つ目、いくら何でも実況の【役職】・【固有スキル】の説明は僕に有利すぎた。
どれだけ観客へのサービスや娯楽の色が強いと言っても、何かしらの裏があると考えざるを得なかった。」
【贋作師】。
その固有スキル【瞬間贋作】は、自身の触れたものの贋作を一体に限り一瞬のうちに作り上げる。
実況の悪魔はそう言った。
そしていくつもの可能性が考えられる中で、特にここが怪しかった。
「一体に限り一瞬のうちに作り上げる。
ここが嘘だったんだろう?実際には複数の贋作を維持することが可能。
そうだと仮定すれば、この場における有効な贋作は消去法でアイしかいない。」
はあ、と関心のため息が聞こえた。
場内に響くあたり、息の出所は実況席らしい。
「素晴らしい、大正解にございます。
して、ほかの理由は?」
「うん、2つ目。
いくら僕が庇いながら戦っていたとは言っても、あまりにもアイのことを後回しにしすぎでしょ。
あれだけの実力があれば多少の無理をしてでもアイを先に叩けば戦況はまた違っていたものになっていたのに。
アイを狙わない理由が何かある、そう思わせられるのに十分だったよ。」
おいおいおい、マジかよ完敗じゃねえか。
馬鹿言え、他にもまだ理由があるっつってんだぞ、おまえ何かわかるか?
馬鹿野郎、分かるわえねえだろう!
そんな観客の声が聞こえてくる。
先ほどまで水を打ったような静けさだったのが、にわかにざわつき始めた。
「で、3つ目。これが最大の理由。
しかもその原因は観客席の皆さん。」
僕の発言に再び会場が静まり返る。
全ての視線が一斉に僕へと向かう感覚。
意外と僕は喋りが上手いのかもしれないな。
「歴戦のチャンピオンが倒れたっていうのに、盛り上がりがないにもほどがあるよ。
僕がゾンビにとどめを刺した瞬間もしくは直後に、もっともっと歓声や野次・罵倒の声が上がらなきゃおかしい。
まるでこの後に起こる何かを期待しているような、そんな沈黙だった。」
ああ、ちなみにその後の沈黙は正真正銘、驚きに声も出ないって雰囲気だったから。
だから、今度こそ僕の勝利で間違いないよね?
そう言って付け加えると。
どわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!
今までのどれよりも大きく熱気のこもった声が、会場中に響き渡った。
「うおおおおおおお、人間のクセに格好いいじゃねえかあの挑戦者!!」
「素敵ぃー!そんじょそこらの悪魔なんか目じゃないくらいにクールだわぁー!!」
「ば、ばかな、俺の賭けた金がっ。」
「うおおおおおほほほほほほほほ、本当に勝っちまったよ!?
えっ、倍率いくらだっけ!?いくらもらえんの!?」
様々な声が交じり合い、けれどどうやら思ったよりも好意的な声も多いようで、柄にも無く腕を掲げてみた。
「きゃあああああああああかっこいいいいいいいいいい!!」
「だーっはっはっはっはっは!キザなことしてんじゃねえよこの色男ぉー!!」
さらに盛り上がる会場。
しかしそんな中、ふと背中に感じた気配に飛び退き剣を構えて振り返る。
鋭い歯にコウモリのような羽、全体のシルエットは人と似ていながらも身体の色は紫。
見ればそこには先ほどまで遠目でしか見えなかった実況の悪魔が立っていた。
「どうか警戒なさらずに、といっても無理かもしれませんが。
ともかく邪神の最終試練を乗り越えたこと、心より祝福致します。」
おそらくわざわざ人間の礼儀に合わせたのだろう。
ぺこりと頭を下げた悪魔は数秒したのちに顔を上げ、ところで、と付け加えた。
「あなた様は先ほど、贋作を見抜いた理由は4つあるとおっしゃいましたね。
最後の一つをお教えいただけますでしょうか?」
本当は、後の一つは黙っておくつもりだった。
その方が、悪魔たちの好奇心から僕が生かされる可能性がわずかでも上がると考えていたから。
しかしこの好奇心に満ちた、そして悪魔にもかかわらず敵意や悪意の欠片さえ感じられない顔を見れば、言わないわけにはいかないよな。
「最後の一つは、一番小さな理由だよ。」
本物かどうかぐらい見ればわかるよだとか、そんな格好良いことが言えたらアイは喜ぶのだろうけれど。
残念ながらそんなに出来た男ではないんだ僕は。
「僕自身が普段から、他者をどうやって騙そうか考えている悪人で小心者だからさ。」
だから分かるんだよ。
騙そうとする側の考えそうなことはね。