Ds12166世界 役職の箱庭 【悪魔】
この世界の人間には、その命ある限り決して変わることの無い一つの役職が生まれつき与えられる。
それは戦士であったり、看護師であったり、葬儀屋であったりと様々で、その役職ごとの固有スキルが一つ与えられる。
一般的な火の魔法や身体強化の魔法、他にも各流派の剣技といったスキルなどは後天的に習得することができるが、役職の固有スキルは基本的に取捨選択できる類のものではない。
そしてそれらのスキルは直接的に戦闘に関わる物とは限らず、ゆえに戦闘に特化したスキルを持つ役職は重宝される。
「【闇の霧】。」
「……!?」
魔術師風のローブを纏った骸骨が動揺の色を見せ、そして僕の一撃のもと崩れ落ちる。
僕の役職【暗黒騎士】は大当たりのレア役職で、攻撃力や防御力の高さとも相まってまさに戦闘向きといえた。
固有スキルである【闇の霧】の魔法の無力化は非常に役に立ち、また霧は多少の目くらましとしても実用的だった。
攻撃魔法はもとより弱体魔法や付呪魔法等、種類を問わず呪文を唱えてくる類のモンスターに対しては無類の強さを誇り、戦闘後のアイのサポートも相まって僕らのダンジョン攻略は順調に進んだ。
だが。
「順調とはいえ、流石にジリ貧ですね……。
先生。ポーション、残り半分を切りました。」
「ん、そうか。
帰り道のことを考えると、流石に撤退のことも考えないといけないね。」
いつだったか、どこでだったか。
暗闇の閉鎖空間で70時間以上を過ごすと人間は錯乱・発狂をするという知識を得たことがある。
ダンジョン内は持ち込んだ便利アイテム魔法灯のおかげで完全な暗闇ではなく、また遠く離れてはいるものの入り口がある以上正確には閉鎖空間でもない。
しかしそれでも長時間日の光に当たらず、その時間すら正確な感覚を失い、また罠や襲撃に備えて精神力を削り取られる。
ダンジョン突入から少なくとも10時間は経っただろう。
流石にアイも僕も心身ともに消耗してきているのは疑いようが無かった。
「……?
先生。向かう先、明かりが見られませんか?」
「うん?どこだい?
そんなもの見られないけれど?」
「ほら、あそこに――」
そのためお互いに気が緩んでいたのかもしれない。
ただ、万全の状態であったとしても狭い通路のことだ、避けて通るのは難しかったであろう。
一歩先へと踏み出したアイの足元が、ぼやりと滲んだ。
「!!
アイ、危ない!!」
「えっ、あっ!?」
動揺するアイに向かって手を伸ばす。
アイも咄嗟に僕のいる方向へと振り返る。
僕たち二人の手がかろうじて重なった時、視界がぼやけて不快な浮遊感がやってきた。
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わああああああああああああああああああああ。
そんなけたたましさを感じさせる、歓声が聞こえる。
「さぁーーーーーーーあ、果敢にも『邪神の試練洞』へ挑んだ命知らずな挑戦者の入場でございまぁぁぁぁぁす!!
連戦連勝、無敵のチャンピオンに立ち向かう挑戦者は、おおっとお!珍しい、何と二人組の冒険者だぁ!!」
アナウンス、実況の口上としか思えないセリフが聞こえて、だんだんと視界が晴れてくる。
「殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!」
「こちとら大穴に賭けてんだ、根性見せろよ挑戦者ああああああ!!」
「血い見せろ血ぃ!!」
円形状の広い空間。
周りを囲うように存在する観客席。
驚くことなかれ、見える観客はその全てが危険度測定外とされる悪魔の類。
場の中央に位置するのは僕とアイ。
そこに野次と応援が飛び交う。
これからここで何が行われるか、決して想像に難くない。
「それでは強欲で勇敢な挑戦者たちには改めて説明を!
こちらは邪神様の庇護下により開催される、ルール無用のコロッセオ!
洞窟の罠や木偶、骸骨どもを潜り抜けここまで辿り着いた屈強な戦士共を褒めたたえる、ボーーーーーーーーーナスステージにございます!!!」
「あ、う、うそ。」
「はい、質問。」
「おお?これは素晴らしい、そちらのお兄さんは肝が据わっておられる。どうぞどうぞ。」
自責の念からか、あるいは四面楚歌の絶望からか、パニックのアイを差し置いて会話を試みる。
さっさとおっぱじめろ!焦らすんじゃねえ!
そんな野次もどこ吹く風、実況の悪魔は快く答えてくれた。
「この戦闘に勝利したら、僕たちは解放してもらえるのかな?」
「ええ、もちろんですとも。
具体的には、邪神様由来の由緒ある武具を贈呈したうえで、転移魔術により洞窟外までお送り致します。」
「へえ、そりゃあ親切。本当か疑わしいね。」
「信じていただけなくとも構いませんよ?
残念ながら、転移の罠を踏み抜いてしまったあなた方には選択肢などございませんので。」
「そりゃそうだ、ごもっとも。」
努めて平静を装う。
が、実際のところ状況はかなり切羽詰まっている。
彼ら悪魔たちに僕たちを帰す気がハナから無ければ、僕たちの世界線をめぐる旅はここでおしまいということにさえなりかねない。
今はとにかく、一線を戦い抜かねばならないという目の前の問題をどうにかするしかなかった。
「それではそろそろよろしいでしょうか!?」
未だ怯えるアイを背に下げ、構える。
「チャンピオンの、入場でございまぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁす!!!!」
円形の闘技場、僕らの向かい側が一部ぼやけた。