Ds12166世界 役職の箱庭 【王道】
「外道を歩むとは言っても、作戦の下ごしらえはこう、なんていうか王道ですね!」
「まあ、相手が伝説級の武器か最上級魔法を使わないとかすり傷一つ負わないとかいうアホみたいな設定持っている以上、こちらが伝説級の武器を持っているに越したことはないからね。」
「越したことはないって、伝説の武器がなくてもどうにかする方法もあるんですか?
私たち、最上級魔法なんて使えませんよ?」
「その一、他力本願。勇者でも誰でもいい、他の人に何とかしてもらう。
その二、こっちも他力本願。こちらがとどめを刺せないのなら自分でとどめを刺す、つまり自害してもらう。」
「な、なるほど。
でも、どちらも選択肢としては現実味を帯びていないですよね?」
「たしかにそうなんだけど、どちらも不可能とまでは言えないからね。」
そんな会話をアイと交わしながら、僕たちは洞窟を進む。
あたりは暗く湿気を含んでおり、また考えなしに剣を振り回せば壁に当たってしまいそうなほどに通路は狭い。
アイが持つ携帯サイズの魔法灯によって僕たちの周囲を照らしてはいるものの、いつどこで罠が作動するか、あるいは敵に襲われるか常に気を張る必要があった。
それはもちろん何気なく言葉を交わしている最中にも、だ。
最初の森から町5つ分。
期間にして二週間を経て辿り着いたここは、『邪神の試練洞』。
結界により闇の力を持つ者とその同伴者一名のみが入ることを許される、危険度S級ダンジョンの一つ。
その条件と潜むモンスターの危険性によって、未だ最奥への到達者は現れていないという迷宮だ。
ただし有名な【占術師】の《固有スキル【千里眼】》により、この洞窟の最奥には伝説級の武具が眠っていることが分かったという噂が、まことしやかに囁かれているのだった。
「っ!
下がれ、アイ!!」
「は、はい!」
「ケタケタけたけたケタケタ。」
向かう先、通路の暗がりから突如として襲い掛かっていたのは三体の不格好な木製人形。
ただしただの動く人形と思うことなかれ、悪霊の憑いた木偶である。
人形に彫られた不格好な瞳は三日月のように輝いており、またその動きは人型であるにもかかわらず予測困難だ。
なにせ関節の曲がる方向も無視して動き回るのだ、厄介この上ない。
「ちっ、鬱陶しい……!」
振り抜かれた拳を避けたかと思えば、肘を逆方向に曲げるような滅茶苦茶な動きで追撃をもらう。
僕の後ろに控えるアイが万が一にでも攻撃を喰らわぬよう、防御や回避の動きが制限されるのもまたネックだ。
ダメージこそ大きくはないが、ダンジョン攻略道中の雑魚に消耗している場合ではない。
「ふっ!」
「ゲけけけゲゲゲゲ!」
この木偶はA級モンスター。
本来であれば一対一で熟練の冒険者でも手こずる相手だそうだが、僕は圧倒的なステータスを持った暗黒騎士。
小細工はいらない。
一体、二体、三体目。
防御・回避を捨て、剣に魔力を込め一太刀のもとに切り捨てる。動きは最小限。無駄は一切省く。
痛覚の無い相手だ、怯むことの無いそれぞれの最期の打撃はマトモに喰らうことになったが、長引くよりはマシだろう。
「先生、回復しますね。」
「ん、ありがとう、アイ。」
戦闘が終わると後ろに控えていたアイが駆け寄り、僕に向かって癒しの魔法を唱える。
アイはそのステータスの低さゆえに回復魔法や強化魔法といったサポート用のスキルを中心に習得してきたが、意外なことに【フードファイター】の【神速喰い】スキルは非常に役に立っていた。
「そろそろポーションいっとく?」
「いえ、まだいけそうです!攻略のための貴重な物資ですから大切にとっておかないと!」
この世界では本来、薬草やポーションといった回復アイテムは食べた・あるいは飲んだその瞬間に効力を発するものではない。
当たり前といえば当たり前だが、食べた・飲んだのちに時間をかけて体内で消化されて初めて効果を発揮する。
そのため即時的に回復するためには回復魔法を唱えるのが一番であるが、その回復魔法を唱えるための体内総魔力量、いわゆるMPが尽きればもうどうにもならない部分があった。
しかしそこで【神速喰い】の出番だ。
「いや、いざというときのためにMPには余裕を持っておいた方が助かるな。
それにポーションは大量に持ち込んだからまだまだ大丈夫。今のうちに飲んでおいてくれ。」
「そういうことなら……では、失礼して。」
相変わらず何度見ても面白い。
先ほどまでそこにあったポーションの瓶の中身が、蓋さえ開けずに一瞬にして無くなる。
《自身の視界に入っている食べ物に限り、何者にも干渉されず一瞬のうちに平らげ且つ消化できる。》
そう、この一瞬の出来事で、既にアイのMPは回復したのだ。
「はい、これでまたいつでも強化・回復し放題です。
うーん、我ながら先生にとって便利な女ですね。」
「……その言い方、なんか僕が悪人みたいじゃない?」
「ふふふ、冗談ですよ。
でも、本当に便利でしょう?」
「うん、それはもう本当に。
正直すごく助かってるよ。」
アイは満足そうに笑みを浮かべる。
迫るモンスター、肝を冷やすような罠、そして仲間との何気ない会話に心休まるひと時。
こうしていると、本当に異世界の住人になった気さえした。
その最終的な目的が転生者の排除だということは、今はもう忘れて。
単純に、この冒険を楽しもうか。