Ds12166世界 役職の箱庭 【外道】
「さて、アイ。
これまでの研修の中で、きっと見えてくるものもあっただろうと思う。
そこで質問だ。僕たち転生撲滅委員会のエージェントにとって、最大の強みは何だと思う?」
「完全に不意を打てる点、ですよね。
転生者たちにしてみれば彼らはあくまでも普通に生活をしているだけであって、見ず知らずの人間に突然命を狙われるだなんて普通は思わない。
もちろん私が最初に失敗しかけたFa49012世界のように、命のやり取りが日常的にあり得る世界では不意打ちが確実に成功するとは限りませんが、それでも圧倒的に有利なことには変わりがない。」
Fa49012世界でのことはちょっとだけ苦い記憶なんですけどね。
そう付け足しておどけてみせながらも、即答できるアイはやはり優秀だ。
森を抜けて歩くこと2時間弱。
村というほど小さくはないが、街というほど大きくもない。
自然と建造物が調和した、田舎町とでも言うべきリムールタウンの宿屋の一室で、僕たちは研修を兼ねた作戦会議を行っていた。
……町の露店でいくつもの甘味を奢った(正確には奢らされた)おかげで、とりあえずはアイの機嫌も元通りになっている。
魔法菓子シュガースモッグだとか黄金のリンゴ飴だとか、お気に召すものがいくつもあったのは幸いだったろう。
「じゃあその僕たちのアドバンテージを踏まえたうえで、それでも今回の任務が厄介な理由は何かな。」
「はい。
まずは本来であれば大前提である、『見ず知らずの人間に突然命を狙われることなんてまずありえない』。
これが今回のターゲットには当てはまらない点です。」
「うん、正解。」
まさしくその通り。
どうも情報によれば転生者である地帝竜アーシーとやらは、人間体に姿を変えて国づくりなんてものに手を出しているそうで。
人間の国や町とも友好的な関係を結ぼうとしているとの話だが、それにしたってモンスターはモンスター。
しかもその気になればいつだって国一つ滅ぼすことができるような脅威だ。
当然、討伐することができればその者には莫大な報酬や地位と名誉が約束される。
つまり『見ず知らずの人間に突然命を狙われる』ことが日常となっている相手なのだ。
「そしてこれは言うまでもないのですが……。
正攻法どころか不意打ちをしてでも勝ち目がなさそうなこと。
これが一番の大問題ですよね。」
「うん、それも正解。」
「はあー……」
自分で言ったことにも関わらず、がっくりと項垂れるアイ。
田舎の宿屋だけあって部屋は狭く、ちゃぶ台一つ挟んだだけの僕にアイの髪が当たりそうになる。
そしてその小さなちゃぶ台の上には情報収集の結果であるメモ書きが置いてあった。
攻撃力:9999999
防御力:5000000
魔力:9999999
敏捷性:5000000
運命力:5000000
▼
《役職【大地の帝王】》
《固有スキル【経口摂取】》
《自身が経口摂取により消化した生物の固有スキルを自在に使えるようになる。》
それは《固有スキル【鑑定眼】》により《自身の視界に収めた物品の真贋や生物のステータス等、自身にとって必要な情報を得ることができる》という鑑定士が、地帝竜アーシーを初めて鑑定した時に知り得た確かな情報なのだそうだ。
あまりに強烈なその情報は直ちに世界中に広まり、こんな田舎町ですら噂になるほどに人々に衝撃を与えたのだとか。
「い、いや!でも、あらためてステータスだけ見れば先生もそれに近い実力が!」
「よく見なよアイ。能力の桁が一つ違う。」
「あっ……。」
ステータスをめぐってそんなやりとりもアイとの間にあったが、つまりは結局のところ、正攻法ではどうあがいても勝てそうも無いということが浮き彫りになっただけだった。
「まあでも、正攻法ではどうあがいても勝てないだなんていつものことだよね。
転生撲滅委員会のエージェントとして結果を残せるかどうかなんて、不意打ち・闇討ちのような外道の法の類が上手いかどうかが大きくかかわってくるってもんさ。」
そう言って黒豆汁と呼ばれるBu00100世界のコーヒーによく似た飲み物をすする。
頭を働かせるには甘いものが必要だと言われるが、苦いものでも頭は冴えるというのが僕の持論だ。
「で、でも、今回は不意打ちは使えなくて、」
「うん、不意打ち『は』使えない。」
焦るアイを言葉で制す。
まあ落ち着きなよとアイにも黒豆汁を淹れる。
「不意打ちだけが外道の法じゃないってことさ。
扇動・放火・疫病攻め。選択肢自体はいくらでも存在する。
もっとも今回に限っては外道の法の中でも効きそうなものが限られているけれど。
それでも一つ、今回のようなケースではほぼ間違いなく転生者に効く方法がある。」
「……それは?」
「覚えておくと良い。大抵の転生者相手に効く、重要なことだからね。」
そう、そしてそれは、相手の人道に訴えかける卑怯で姑息なやり口だ。