Bu00100世界 ララマリア 【演説】
やあ、ご機嫌よう、転生者さん。
私は転生撲滅委員会のエージェントです。
あなたが心を読む能力者だということは既に割れています。
私のこの声が聞こえていることも当然分かっています。
早速、本題に入りますね。
貴様を殺す。
必ず殺す。
今日中に殺す。
震えろ、怯えろ、命乞いをしろ。
それでも容赦なく、どこへ逃げても殺す。
絶対にだ。
前任のカスども二人はまんまと逃げられたようだが、私が出てきた以上ここで終わりだ。
もしもラクに死にたければ、この後17時に指定の場所に来い。
苦しまない方法で殺してやる。
もしもいつ襲われるかわからない恐怖の中、苦しんで死にたいのなら無視をすればいい。
その時はご要望に応えてやる。
以上、それではよい一日を。
……と、いう内容の大演説を、アイは大講義室で垂れ流したということだ。
無論心の中で、だが。
「もともと私が物の記憶を読むっていう能力なので、もしかしたら似たような能力かもって発想からきたものなんですけどね。
もしもそうだとするなら、すべての人間の心の声が常日頃から聞こえてるっていうのは現実的じゃあないじゃないですか。
それだと私みたいに脳みそパンクしそうですし。
ということは、より強い思いを発している人の心が読めるだとか、自分に対しての悪意に対して敏感に読み取れるだとか、そういう条件があると思うんですよ。」
昨日、作戦会議の際に展開されたアイの自説はこうだった。
心が読めるというのなら。
既に転生撲滅委員会とそのエージェントの存在を察知しているのなら。
それを逆に利用してやろうと。
「だから、先生は動物たちの力を借りて、動揺が見られる人間がいないかどうか監視してほしいんです。
私、明日の14時ちょうどに大講義室で演説してみますので。」
アイの作戦を採用し、迎えた今日。
その予測通り、動揺した人間がいた。
「いやあ、突然ビクッとしたと思ったら、一気に汗をかきだしてさ。
まわりをキョロキョロうかがって、挙句の果てに席を立って逃げ出していったから、一目でわかったよ。
……ところであの人間、何をあんなに動揺していたんだい?」
「気にしなくていいよ。
そんなことより報酬を払うよ、ありがとう。」
「サンキュー。」
ヤモリや小さなクモ等、室内にいても不自然でない生き物を大量に雇い、講義室の人間を観察させた結果、リースという女性がこちらの張り巡らせた網に引っ掛かった。
転生者は例にもれず若者で、今回は金髪長髪のスラっとした女性だったそうだ。
「私の作戦、成功しそうでよかったです。
ただ、ちゃんと自分から来てくれますかね?」
「来ると思うよ。
もしも僕が転生者だったら、そんなことを伝えられたうえで逃げ回ることほど恐ろしいことはない。
せめてできる範囲の武装をして、殺られる前に殺るぐらいの意気込みで来るんじゃないかな。
僕ならきっとそうする。」
「なるほど。」
「……今回、とどめは僕がさすよ。」
「え。いや、ここは立案者の私が。」
「逆だよ。作戦を立ててくれたからこそ、今度は僕が役に立とう。」
この平和な世界でだいぶ心の平穏を取り戻したかと思っていたが、アイにはまだ壊れてしまいそうな危うさを感じることがある。
もしかしたら僕の思い違いかもしれない。
けれど不安定になっていたとしても無理はない。
前回の世界が、アイにとって初めて自分の手を汚した任務だったのだから。
そんなことを考えているうちに、家の扉が開いた。
金髪、長髪のスラっとした女性。転生者リース。
そう、指定した場所とは、僕たちの家だったのだ。
「君、心が読めるんだよね。
早速だけど、死んでくれない?苦しまずに、ラクにしてあげるから。」
「ま、まった!
まって。ちょっとまって!!
いいじゃない、一回や二回なら任務の達成に失敗しても罰せられることはないんでしょ!?
じゃあ、私を見逃してくれたっていいじゃない!!
ほら、見逃してくれたら、い、いいことだってしてあげるから!!」
出会いがしら、開口一番に切り込む僕を見て取り乱し、なんとかこちらに取り入ろうとする転生者。
しかも、僕の心を読み取ったのか、余計な情報を口走る。
どこまで読み取れるのかはわからないが、アイの前ではまだ晒したくない情報もある。
「心が読めるなら、そんな簡単にいかないことだって分かるだろうが。
往生際が悪い。死ね。」
――――――
――――
――
「先生、さっきのって本当なんですか。
一回や二回の失敗なら罰せられることはないって。」
ところ変わって大学近くの喫茶店。
残りの滞在猶予期間は残りわずかで、もう家に戻る予定はない。
アイは先ほど転生者が口走った情報に興味を示した。
「おそらく、としかいいようがないけどね。」
そう、おそらく。
僕自身には任務失敗の経験がないため、あくまでもおそらくとしか言いようがない。
「任務の規模によっては、転生撲滅委員会では他のエージェントと合同で任務にあたることがある。
僕も何度も他のエージェントと同じ任務を受けたことがあるんだけど、エージェント同士で前の任務で失敗した、俺は失敗何回目だ、なんて話になったことがある。」
コーヒーを飲んで、一拍の間。
アイはこちらの話にのめりこんでおり、カップは握ったままで中身を飲む様子がない。
「ただし、三回任務に失敗したことがあるって話をしたエージェントにはまだ会ったことがない。
意識の海で聞いてもはぐらかされるだけだからこれは推測でしかないんだけど、おそらくエージェントは三回の失敗で【無能】のレッテルを張られるんだと思う。」
「そうなると、どうなるんですか?」
「……わからない。
わからないからこそ、任務は失敗してはいけないんだよ。」
……嘘をついた。
本当は分かっているのだ。
研修中に三回の失敗を重ねた時。
エージェントは、その意識は、消えてしまう。
だからこそ。
「僕はね、アイ。君を一人前のエージェントにしてみせるよ。」
「……はい!!」
あらためてよろしくお願いします。
アイのその言葉が、いつまでも耳に残った。