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En37033世界 ヒューマンドーム 【大海】

 身の丈約3m。

 人型ではあるが目や口や鼻、指といった細部を構成するパーツは一切見当たらず、ただただ真っ白。

 それが、僕たちが知る敵性侵略体だった。

 しかし、今この目に映る敵性侵略体は、そうではない。


 身の丈約5m。

 僕たちが戦っていた個体とは違って四肢の指が発達しており、鎧らしきものを装着している。

 手には武器をもって、統率された動きで何千・何万という数が動いている。



「先生の予感、大当たり、ですね。あはは……」



 アイが乾いた声を漏らす。

 僕らが「敵性侵略体」と呼んだ化け物は、きっとこの本隊のなりそこないだったのだろう。

 クローン技術か未熟個体か、はたまた障害持ちの個体か。

 とにかく本当の実戦では使えそうにない個体が、あわよくば害虫駆除ぐらいはできやしないかという思惑で、ヒューマンドームに送られてきていたのだろう。


 もちろんそれを裏付ける決定的な根拠はない。

 ないが、ヤツらの動きを見ればわかる。



「……アレは、無理です。私じゃなくても、ブラックでも。

 仮に一対一の戦闘だったとしても、勝てる気がしません。」



 これだけの規模の集団戦となれば、当然個々の機動力は落ちる。

 そのはずなのに、遠目からでもわかるほど、ヤツらの動きはこちらの想像の範疇を超えていた。



 これは、もう無理だ。

 ここからこの世界の人類が逆転する目は、もはや無い。



 人類はヤツらにとって害虫だと比喩したが、それは非常に的を射た表現だったのだろう。

 戦争中に、一匹や二匹の害虫を気にする兵士などいやしない。

 ヒューマンドームから遠く離れてここまで偵察にきたにも関わらず、一度も敵性侵略体との戦闘が発生しなかったのはそういうことなのだろう。

 おそらく僕たちの運がよかったのではなく、向こうから見て、どうでもよかったのだ。


 井の中の蛙、大海を知らず。

 井はヒューマンドーム。当然、蛙は人類。


 既にこの世界において、この星の支配者争いに人類など組み込まれてはいない。



「敵性侵略体、優勢ですね。」


「うん。

 これは、近日中に決着がつくだろうね。」



 僕たちが敵性侵略体と呼んだ白い化け物たちは、敵対する黒い化け物――こちらは四足獣のような外見をしている――を蹂躙していた。

 この戦いが終われば、次はヒューマンドームの番なのかもしれない。



「アイに問題。

 僕らとしては僕とアイが生き延びて、転移者が死ぬという結果だけを求めればいい。

 一番利口な今後の行動は何だと思う?」


「……仮に、このまま近日中に敵性侵略体の本隊がヒューマンドームに攻め込んでくるとして。」



 一拍置いて、アイは覚悟したように言葉をひねり出す。



「ヒューマンドームへの敵性侵略体の侵攻前に、私たちだけがヒューマンドームから逃げ出して。

 内部に残った人々には目もくれず、滞在猶予期間が切れるまで逃げ続ける。

 そういうことですよね?」


「それしかないだろうね。」


「で、でもですよ?

 個々の世界への歪な干渉を正すことが目的だから、決して転生者以外の人間を殺害・消滅させることのないように。

 それが、転生撲滅委員会の規則の一つですよね。

 私たちにはこの世界の人間を守る義務が……」


「ない。義務はないよ。」



 勘違いしているのか、本当は理解したうえで言っているのかはわからないけれど。

 僕たちエージェントには、そんな義務はないのだ。



「あの規則は、エージェントが自らの手で転生者以外の人間を殺害・消滅させることのないように、という意味でしかない。

 その世界の人類が滅亡するのが当然の流れであるならば、それを守ろうとする方が歪な干渉だろうね。

 別にその世界の人間を守ることは咎められることではないけれど、今回はそれがまったく現実的じゃない。

 あの本隊、食い止められる?撃退できる?答えは不可能だ。」



 アイからはもはや、言葉が出てこない。

 僕らは転生撲滅委員会のエージェントだ。

 世界線を跨ぐ以上、それぞれの世界で出会った人物に再び会うことは実質的にあり得ない。

 それでも一時をともに過ごした人物には、たとえ遠くの世界であっても平穏無事に暮らしていてほしいのだろう。

 気持ちは分からないでもない。



「戻るよ、アイ。

 ここからは本部への通信を復帰させる。」


「……はい。」



 敵性侵略体の拠点を見つけた。

 潜伏発覚を恐れ念のために通信機能を切ったが、なんとか無事にその場から離れられた。

 拠点こそ見つけられたものの敵性侵略体の数はそうそう多くなく、おそらく多めに見積もっても数百程度。

 ヒューマンドームに積極的に攻めてこないのは、おそらくヤツらの数が少ないためだろう。


 そういった報告を入れて、本部へと戻る。


 粗を探せばいくつか疑問が出てきそうなものだが、まさか命がけで情報を得てきた僕たちのことを直接的に疑うことはしないだろう。



「おかえりっす!よくぞ無事で!」


「よかったぁー……!お祈りしていたかいがあったよー!」


「おかえり。ちゃんと生きて戻ってくるって、信じてたよ。」


「おかえりなさい。今はただ、ゆっくりと休んでくださいね。」


「……おかえり。」


「……。」



 ヒューマンドームを発ってから約六時間。

 帰ってきた僕たちを迎えたのはブラックを除く、適応者たちの温かい言葉だった。

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