En37033世界 ヒューマンドーム 【解答】
ソネムラ司令官に要求をのませるのは簡単とまではいかないものの、決して難しくはないことだった。
遠征、偵察自体が過去にブルーが立案して却下された内容であっても、今回立案するのは転移者である僕。
つまりVIP待遇のゲストが自ら望んだ内容である。
そもそもこの案自体には相当のメリットがあり、ソネムラ司令官としては無下にしにくい立場でもある。
「今まで黙っていて申し訳ないのですが。
実は僕とブラウンことアイは、時間制限付きの転移なのです。
今までの通りに丁重にもてなされても、どのみち残り数週間程度でこの世界から居なくなる身です。
だから、どうか今のうちに、この世界のお役に立たせてください。」
結局は僕のこの発言が決め手になり、偵察の任務が決まった。
ただし実行は一週間後。
さらに生存確率を上げるため、ブラウン、つまりアイと二人でということで。
明らかにこちらに気を遣ってもらった形の後者の条件は、非常に好都合であった。
「ブラウン、絶対に無理しちゃあダメっす。
成果よりも何よりも、自分の命を大事に、必ず無事に帰ってくるっすよ!」
「アイちゃ……じゃなくてブラウン!
帰った来たらまたエリー……じゃなくてピンクと、イエローとお菓子食べながら元の世界の話を聞かせてもらうんだからね!
約束破っちゃイヤだよ!」
偵察任務の報を聞いたイエローとピンクの反応はこの通り。
いわば適応者の中での元気組のこの二人は、アイとは相性が良かったようで随分と仲の良い印象を受けた。
「うん、だーいじょうぶ!
二人とも、そんな今生の別れってわけじゃないんだから。」
心配させまいと明るくふるまうアイ。
彼女の心境はいかがなものだろうか。
「たしかに、そういうところ好きだよとはいったけれど。
そんなに生き急いでどうするのさ……」
「私も昔に同じ提案をしましたが。
それでもいざ客観的にみると、やっぱり止めておきなさいと言いたくなってしまいますね。」
一方で僕に対しては、偵察任務の報を聞いたレッドとブルーが心配をしてくれた。
ありがたいが、複雑な心境だ。
――なぜなら、僕の予感が正しければ。
死から逃れられない運命を抱えているのは、僕とアイではなく、この人たちなのだから。
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「ブラウン、グレイ。
両名、衝撃に備えなさい。
3、2、1、射出。」
迎えた偵察の日。
僕とアイは星屑に搭乗し、できる限り敵性侵略体に見つからないようにヒューマンドームから離れた。
ヒューマンドームが遠目にも映らなくなったところで僕たちはいったん本部からの通信を切り、隣にいる機体に話しかける。
「さあ、アイ、ここからが正念場だよ。」
「そのことなんですけど。
この偵察任務は先生が立案したと聞いたんですが、いったいどういうお考えなんですか?
ちょっと私の頭では、この作戦の意図が分からなくて。」
アイからは、申し訳そうな声色で返事が返ってくる。
しかしわからないのは仕方のないことなのだ。
ヒューマンドーム内ではそれぞれの適応者に厳重な警備が敷かれた個室が割り当てられ、監視・管理されていた。
つまり僕たちが二人でキムラトウジ抹殺の計画を練れば、万が一の場合盗聴・盗撮されてヒューマンドームそのものを敵に回す可能性があった。
ゆえに今まで今回の作戦をまともに相談する機会がとれなかったのである。
「ああ。アイも聞いていたよね?
ヒューマンドームは敵性侵略体にとって、簡単に落とせない難所。
そして転移者であるブラックは、敵性侵略体をものともしない最強の戦力。
だからこそ、ヒューマンドームは今もなお存続している。
っていう話。」
「はい。
だからこそ私としては、星屑搭乗中に不意の事故を装うか、敵性侵略体に洗脳されたことにでもして襲い掛かるくらいのことしか思いつかなかったです。」
「うん、僕もそう思った。」
とはいえ、敵性侵略体に洗脳されたことにして襲い掛かるってのはいい案かもしれない。
予感が外れた時には、その案を採用することになるかもしれない。
「けれど、これ、よく考えたら逆でも成り立つんだよ。」
「逆?」
「うん、逆。
ヒューマンドームは敵性侵略体にとって、いつでも簡単に落とせる場所。
そして人類最強の戦力であるブラックでさえ、実は敵性侵略体にとってそれほど脅威ではない。
だからこそ、放っておいても何も問題ないからこそ、ヒューマンドームは今もなお存続している。」
アイからの返事はない。
予想外のことにポカーンとしている、というところだろうか。
「言ってしまえば、敵性侵略体にとってヒューマンドームは害虫の巣なんじゃないかな。
壊すべきだしいつでも壊せるけれど、他にすべきことがあれば最優先ですることでもない。
……そして、もしも本当にそうなのだとすれば。
ヤツらがヒューマンドームの駆除よりも優先しなければならないことっていうのは。」
話しながら、いつのまにか随分と遠くまで来た。
そしてそこには遠目からでも見える、分かるものがあった。
「他の侵略体との利権争い、だったりして。」
それは僕たちが「敵性侵略体」と呼ぶ化け物と、また別種の化け物が戦う戦場の様子であった。