testament
エージェントAa004『だった』あなたへ。
平素よりお世話になって……いたのはもう昔、過去のことですね。
ともかく、きっと今、あなたは私が何もせずに去っていったことに驚いていることでしょう。
Z世界のもう一人のあなたを殺して、そのうえでここまでやってきた私が、どうしてあなたを殺すという目的を達成することなく消えてしまうのか。
きっと、そう疑問に思っているのではないでしょうか。
答えは簡単です。もともと私がこの世界にやってきた目的は、「あなたを殺す」なんてものではなかったのです。
じゃあ何が目的だったのか。それはただただ単純なことで、「あなたを一目見る」ことだったのですよ。
確かに私は、もう一人のあなたに頼みごとをされてきました。
『やっぱり僕は間違っていた。せめて君の手でケリをつけてきてくれ』と。
私はその頼みごとを受けました。分かりました、他ならぬ先生の最後の頼みです、聞き入れましょう。そう言って。
けれど、何も私のその言が嘘偽りであったわけではありません。
なぜなら頼みごととはあくまでも、『ケリをつける』ことだったのですから。
私の生、すなわち物語はZ世界で完結を迎えました。
意識も擦り減りに擦り減って、もう数秒先の未来の自分の存在さえ疑わしい程です。
それに私にとっての先生とはやはり、Z世界でこの手で殺めたあの先生でしかないのですから。
あなたは敬愛する人の記憶を持っただけの別人です。
私があなたを殺さずにこの手紙を残しているということは、やはりそういうことなのです。
私にとっての『ケリをつける』とは、あなたを一目見て、あなたは私と時を共有した先生では無い、別の一個の人間だということを確認することだったのですから。
あなたがもしも自らの重責や罪悪感に苦しんでいて、死にたがっていたとしても、私には関係ありません。
どうかあなたはあなたの人生を、最後まで生き抜いてください。
私は私の命を、最後まで、最期まで生き抜きます。
ただ、それでも、あなたではないあなたに向けて、最後の最後にひと言を添えます。
今までありがとうございました。
さようなら。
エージェントIh014『だった』私より。
それは何を伝えようとしているのか伝わるようで伝わらず。
本音を書き綴ったようでいて嘘臭さもあり。
けれどこの手紙の主はもうこの世には存在しないのかもしれない。
そう思わせる手紙だった。
強がりのようで
言い訳のようで
結局のところ
大好きな人を二度も自らの手にかけることが耐え難かった
もしかしたらそれだけのことなのかもしれないし
そうではないかもしれない
そんな手紙。




