En37033世界 ヒューマンドーム 【予感】
ヒューマンドーム内の生活の中で、ブラックを殺すことは不可能と言っていい。
なぜなら星屑の適応者はまさにこの世界の希望。
万が一にも敵性侵略体との戦闘以外で死ぬことなどは許されず、それぞれに厳重な警備が敷かれた個室が割り当てられているうえに、食事まで管理・監視されている。
現実的に考えられるチャンスはヒューマンドームの外。
星屑搭乗中、乱戦に紛れて殺すか、運よく敵性侵略体に殺されるのを待つか、といったところだ。
しかし残念なことながら、前者も後者も望みは限りなく薄い。
それだけの戦力の差がある。
「実は人類の復興は非現実的な話ではないんですよ。
正直なところ、ブラック一人で敵性侵略体を完全に無力化できています。
もちろんブラックが転移者である以上、いつかまたいなくなってしまった時のために他の適応者を確保し、修練に励むよう対策をしているのですが。
ただ、そもそもヤツら敵性侵略体は、ただの一度もこのヒューマンドーム内に侵入することができていないのです。
現在は念のために定期的にヒューマンドーム周辺の敵性侵略体を排除しているわけですが、どうもヤツらにはこのヒューマンドームを潰すだけのあと一歩が踏み出せないようで。」
初戦を終えてこの世界の行く先を考えたとき、ソネムラ司令官に展望を尋ねた際の返答がこうだった。
「もしもヤツらが物量を頼みにして損害の大きさに目を瞑り、こちらに寝る間も与えず攻め込んでくるようなことがあれば、いかに頑丈なヒューマンドームと優秀な星屑部隊と言えども人類は滅亡するでしょう。
しかし何故かヤツらはそうしない。
しないのかできないのかはわかりませんが、我々はこうして生きながらえている。
ならばこちらの課題は星屑の改良とその量産です。
どうにか星屑適応のハードルを下げ、量産し、戦力の数をそろえることさえできれば。
そうすれば、我々人類は復興への一途を辿るでしょう。」
僕に戦闘は、少なくとも真っ向勝負は向いていない。
この世界を楽しむことも、もう諦めた。
ならば僕とアイが生き延びて、転移者が死ぬという結果だけを求めればいい。
そうして冷めた目でこの世界に思いを巡らせると、どうにもこの世界のヒューマンドーム、そして人類の在り方に歪さを感じることになる。
ヒューマンドームは敵性侵略体にとって、簡単には落とせない難所である。
そして転移者であるブラックは、敵性侵略体をものともしない最強の戦力である。
で、あるからこそ、ヒューマンドームは今もなお存続している。
それは、本当か?
「質問なんだけどさ、レッド。
レッドは星屑歴が一番長いんだよね。
今までの出撃で、ヒューマンドームからは最長でどれだけ離れたことがある?」
適応者との交流を深めたいと思って。
そういった理由で呼び出したレッドと、ヒューマンドーム内の喫茶店で会話を交わす。
「うーん、最長でもヒューマンドームが遠目に目視できる範囲ぐらいかな。
ヒューマンドームから離れるほどリスクが高まるのはわかるだろ?
私たち適応者は本当に限られた存在なんだ。
ソネムラ司令官としても、万が一にも私たちを失うわけにはいかないのさ。」
「なるほど。
つまりこのヒューマンドームの外がどうなっているかってことは、実質的にわかっていないってことだね?」
「ああ。
……きっと他にも同じように生き残った人類の拠点や、敵性侵略体の拠点でも見つかれば事態は好転するんじゃないかって考えだろう?
ブルーも昔、そういった提案をしてたよ。」
それでも結局さっきと同じ結論。
万が一にも私たちを失うわけにはいかないからという理由で、遠征案は却下されたのさ。
レッドはそう言って、ふうと息をついた。
「しかしグレイ。
アンタ、すっごくブルーに似てるよ。
星屑に適応して、それでも思った戦果を挙げられなくて。
だからせめて違う方向で役に立とうとする。
……そういうところ、アタシ好きだよ。」
「……ありがとう。」
微笑むレッド。
はにかんでみせる僕。
客観的に見れば、適応者同士の和やかな交流のひと時。
けれどこの時、既に僕の思考はとっくに別の方向を向いていた。
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「お忙しい中、直接お話しする機会を設けていただきありがとうございます。」
「そんなにかしこまらないでください。
私たちはお力を借りている立場なのですから。」
場所は適応者同士の自己紹介をした、例の薄暗い部屋。
ただし、今回席に座るのは僕とソネムラ司令官の二人だけ。
「そう言っていただけるのはありがたいです。
……お時間をおかけするつもりもありません、早速本題に入らせていただきます。」
厳格さと穏やかさを兼ね備えた司令官の表情に、少しの緊張が見えた。
「僕に、単独での偵察任務を与えてください。」
予感がするんだ。
僕たちの任務にとっては、好都合な。
そして、この世界の住人にとっては、最悪な予感が。