Za00004世界 終点 【指輪】
「……参りましたね。
やっぱり、真正面からのぶつかり合いで先生に勝てるだなんて、うぬぼれが過ぎました。
戦う以上、100%勝つつもりではいましたが、それでも心の奥底では初めから諦念があったのかもしれません。」
「はは。この期に及んで結局、僕のことを先生と呼んでしまうんだね、君は。
それにしても、僕に勝てるだなんてうぬぼれだって?
それだけの実力を備えておいてよく言うよ。
今、この会話にさえ意味があるように思えてならない。」
「ああ、もしかして、だから止めを刺すのをためらっているんですか?
私がまだ何か、奥の手を用意しているかもしれないから。うかつに止めを刺そうとして、返り討ちになってはいけないから。
……なーんだ。教え子の私に手をかけることに抵抗がある、なんて素敵な理由かと思ったのになあ。」
エージェントIh014に手をかけることに、抵抗がある?
当たり前だ、あるに決まっている。
それを理解したうえで彼女も茶化しているのだ。
それくらい分かっている。
「まったく、何を言っているのさ。
アイ、君、少し性格悪くなったね?」
「ふふふ、そりゃあそうですよ。
私、もうあの頃の初々しい新米エージェントじゃないんですから。」
「……ああ。それもそうだね。」
僕と彼女の道は既に分かたれた。
もう、あの頃のようには二度と戻れない。
「先生、知っていますか?
前にあなたがエージェントAa015と戦った時。
あの時、実はその場にエージェントIh030もいたんです。
……もしかしたら先生が気づいていないだけで、この場に今も隠れているかもしれませんよ?」
「そうか、そうだったのか。
さすがはエージェントAa015。あの時、僕に一矢報いていたのか。」
今になって知る事実。
少なからず驚く。だが、それだけ。
「でも、今この場には君以外には誰もいない。
分かるんだよ、この世界は僕のための世界だから。
異物であるエージェントが何人入って来たかくらいはね。」
「なぁんだ、残念。
動揺してくれれば、よかったのに。」
かつての教え子エージェントIh014は、もはや虫の息とも言える状態だった。
それでも先ほどのこちらの動揺を誘う情報開示を見ても、命尽き果てる最後の最後までは逆転の一手を探っているのだろう。
本当に、強いエージェントになった。
「……そろそろ、ラクにしてあげるよ。」
「そう、ですか。
じゃあ、せめて優しく、お願いします、ね。」
せめて直接この手を汚そう。
それが礼儀であり、僕にとっての歪んだ愛情表現でもある。
何もかもが尽きている彼女に、もう抵抗の余地は無い。
呪力も魔力も何もない状態では、カウンターの類も発動し得ない。
「すぅー……ふぅー……。」
ガラにも無く、深呼吸。
……今から、この女性を。
かつて長きにわたって行動を共にした愛しい教え子を、殺す。
躊躇はある。いくらでも。
彼女を殺すことへの抵抗など、理由を数え出したらキリが無い。
それでも覚悟を決めろ。
ここまで来て甘い感情移入はよせ。
今ここで、僕が、この女性を、
殺 す 。
覚悟を伴った、シンプルな僕の手刀。
その手刀は吸い込まれるようにエージェントIh014の心臓部へ――
パリン。
何かが砕けた音。
見えない力に阻まれ、身体を貫くことなく曲がった僕の腕。
ふと、唐突に脳裏をよぎる、彼女の初めての研修。
それは、そうだ、Fa49012世界、ソレイユランド。
「すいません。そこの指輪一つ、もらいます。」
「お、兄ちゃん買ってくれるのかい。
ついでにこっちもどうだい?
一度だけ、所有者の身代わりとなるペンダントって触れ込みの商品なんだけど。」
そうだ、一度だけ、所有者の身代わりとなるペンダント――
いや、まて、そんな馬鹿な。
仮にあの世界のそれを持ち出していたとしても、そもそもあの時、結局そのペンダントは買っていない。
あの時、買ったのは。
「はい、アイ。これから先、決して楽しいことばかりじゃないけれど、頑張ろうね。」
「……先生、けっこうプレイボーイですね。」
――冗談ですよ。
ありがとうございます、大切にしますね。
そうだった。
彼女がこの世界で最初からつけていた、その、指輪だった。