Za00004世界 終点 【成長】
先手必勝、相手に何もさせることなく圧倒することがエージェントの基本だと私に教えてくれたのは、まぎれも無く今目の前に居る人物だ。
優しく返り討ちにしてあげる。
そう言い終えるかどうかのタイミングで、私は不可視の聖剣を振り抜いた。
この聖剣はあらかじめ転生者との会話よりも前、視界の端に人影を視認した時点で世界線同調によって準備したもの。
よって相手にしてみれば事前に私の手の内を知る術など無く、ただ何をすることも出来ずに両断されるだけのあまりにも馬鹿げた攻撃。
そのはずだった。
「驚いた、まさか世界線同調を使えるようになっていようとは。
この世界、超常の類は一切排除された世界なんだよ。
それにもかかわらずそんな芸当ができるということは、そういうことに他ならないからね。」
目にも止まらぬ速度で横に振り抜いた不可視の聖剣は、ただの跳躍によって回避された。
虚しく伸びきった腕をもう一度構えなおし、言葉を紡ぐ。
「……流石です、読まれていましたか。」
「当たり前だろう?
君はいったい誰からエージェントの戦い方を学んだんだい?
僕以上に転生撲滅委員会のエージェントのやり口を熟知している人間なんて、そうそういないよ。」
私、エージェントIh014が世界線同調を使えることなど、私のその後の歩みを知ることの無い過去の人物、エージェントAa004だった彼は知るはずが無い。
だから言葉通りに、私が世界線同調を使えるようになっていることを知ったのは今の一撃が初めてだ。
しかしその言葉とは裏腹に、動揺する素振りは一切見られなかった。
「正攻法である必要は一切ない。可能な限り不意を討て。
あなたの教えを実践したことが裏目に出ましたね。」
「いや、避けた僕が言うのもなんだけど、いい一手だったよ。
はっきり言ってさっきの回避行動は、意識に染みついたただの反射だ。
我ながらよく避けた。」
「謙遜、変わりませんね。」
「いやいや、本心だとも。」
世界線同調。
過去にこの技を自身『唯一』の技だと言ったのが彼ならば、一方で「もしもできる者がいるとすれば、それは僕と同等以上の世界を巡り廻ってきた人物だろう」とその可能性について言及したのもまた彼だ。
だからこその対応力だったのだろう。
……とはいえ、こちらとしても最初の一撃であっさりと終わるほど甘い相手だと侮ってもいない。
ここからが本番だ。
「ああ、最初にこれだけは言っておこう。
世界線同調を既に使っている以上、もう気付いているかもしれないけれど。
この世界、超常の類は一切排除されている代わりに、世界線同調を行う際の負担は0に等しい。」
これは本来、僕にだけ圧倒的に有利な世界の理だったのだけれどね。
そう言って続けた彼の言葉はおそらく本当で、世界線同調を行った際に生じるはずの徐々に強くなる心身への激痛が、今は一切感じられなかった。
「だから、」
「だから、『巡り廻ってきた世界の経験が勝負を決める』。
そう言った旨のことを言いたいんですよね?」
言葉を遮り問いかける。
すると今度は本当に驚いたそぶりを見せ、そして笑い出した。
「ふふふ。
……成長したね、アイ。」
エージェントの誇りは、その渡ってきた世界の質と数。
それが身に染みて分かるほどには、私も世界を廻ってきたのだ。
「ええ、成長したんですよ、私。」
その言葉を自分でも噛みしめるようにして、私は再び剣を振るった。