Za00001世界 始点の支配域 【理由】
「なんでだろうな。
エージェントはだいたいみんな、精神を病んでるヤツが多いんだ。
そりゃあ一切理由が分からないだなんて言うつもりは無いぜ?
人殺しが常の生活を送るんだから、当然と言えば当然だ。」
エージェントHu725の遺体が塵となって消えた後、私の真正面から堂々と歩み寄ってくる男はエージェントDd515。
この世界に魂を囚われたという五人の中で、唯一私が面識のある人間だ。
故に力量も性格も、お互いに相手のことをおおまかには理解している。
だからこそ思う。両の腕を欠いた状態でこの男に勝つのは至難の業だと。
それほどの実力の持ち主だ。
「ただやっぱり、理解できない思想ってのはあってさあ。
さっきの二人のやり取り、聞いてたんだけど。
俺にはどうしてもエージェントHu725やエージェントIh014の考えが理解できないんだよ。」
いつからかと問われればいつの間にかとしか言いようが無いのだが、私たちを取り囲む空間は色鮮やかなものに変わっていた。
遠くに流れるピンク色の川。
空をただよう巨大建造物。
地を這う虫のようなケーブルに、水色の地面。
統一感のない、色々な世界を混ぜたかのような混沌とした空間が広がっている。
「生きている意味が分からないだとか、死に場所を探すのが生きる理由だとか、嘘だろオイって思うんだよな。
だって、おまえらもエージェントなら、数えきれないほどの世界を巡り廻ってきたわけだろう?
何も感じなかったのか?感動に、心が震えなかったのか?」
この男、エージェントDd515と私は撲滅委員会が任務達成困難とした世界の合同攻略に大きく貢献し、そのため相性が良いと判断されていた。
しかし性格的な相性で言えばその逆、水と油だ。
とっくに擦り切れて摩耗した私の心に、彼のキラキラと輝くポジティブな世界礼賛主義は欠片も響くことが無い。
「俺は世界線を跨ぐたびに震えたぞ!
男女の別の無い無性生殖の世界!
耐えることの無い戦いの繰り返される宇宙戦争の世界!
ゲームの実力によってカーストの決まる仮想現実世界!
犬との立場が逆転した人類愛玩動物化世界!
色んな、いろんな世界を回って、そして感動に打ち震えてきた!!」
エージェントDd515の周囲を魔力が、呪力が、生命力が、あらゆる力が渦巻く。
分かっていたことではあるが、彼はエージェントHu725とは違って何でもありのぶつかり合いがお好みなようだ。
「未だ見ぬ世界で未だ見ぬ体験を!
その感動を味わうために生きている!そう考えれば何も悩む必要なんかない!そうだろう!?」
私が一切返事をしていないにもかかわらず、エージェントDd515は高らかに叫ぶ。
……いくら私とは水と油だからと言って、彼はここまで独りよがりな人間ではなかったはずだ。
おそらく最初に言っていた、魂の大部分が囚われているということの弊害だろう。
「……仕方ないですね。」
エージェントAa021との戦闘時にはあった魔法や超能力と言った特殊な力の制限が、今は感じられない。
恐らくこの世界、この連戦では、相手のエージェントの望む形に対戦形式がプログラムされているのだろう。
そして疑うべくも無く、エージェントDd515の望む戦闘とはあらゆる世界線の理を適応させた、何でもありのバトルだ。
「頼まれた通り、全力で送り出してあげますよ。」
その言葉を聞いた彼は、一瞬満足そうに微笑んだかのように見えた。