Za00001世界 始点の支配域 【異質】
結論だけ言うなら、私はエージェントAa021に勝利した。
両腕を失ってなお脚技を軸に戦い続けられたのは、以前干渉事故によって両腕を失ったまま任務をこなさなければならないという似通った経験をしたことがあったということも大きいだろう。
ただ、おそらく、私は勝ったのではなく、勝ちを譲られたのだ。
「迷いのある瞳だね。
願わくは、希望の未来が広がっていますように。」
彼女は私の右足が心臓を貫く直前に、そう言ってほほ笑んだ。
きっと、まだ余力があったはずだ。
にもかかわらず、最後の一撃をエージェントAa021は甘んじて受け入れた。
「Aa021先生。ありがとうございました。」
もう聞こえるはずのない相手に向かって呟く。
初めにエージェントDd515は言った。
彼らは全員、この世界に挑んで敗れた者の末路。
しかし、彼らも完全に支配されているわけではないと。
だからきっと意図的に敗北を喫したのは、エージェントAa021のこの世界への最後の全力の抵抗だったのだろう。
「おつかれさま。
ところでキミは、自分に生きる価値があると思う?」
だが、感慨にふけることをこの世界は許さない。
障害物すら無い、自分と相手以外は白のみが広がる空間からエージェントAa021が消え、代わりに別の女の声が響いた。
「ボクは思わない。
でもぞれは他に人間も同様で、本当に生きる価値のある人間なんていないと思うんだ。」
声のする方向へと振り向く。
私と大して変わらない程度の小柄な女性。
特徴は顔をも隠すような長くくすんだ色の髪で、相手の表情は一切読めない。
「その失った両腕。痛々しいな。
でも、三人目の相手がボクで良かったね。
ボクはキミと殴り合いがしたいわけじゃないんだ。」
警戒する私の元へ徐々に近づいてくるこの女は、エージェントHu725と呼ばれていた。
エージェントコードとしては、比較的私と近い。
ただ、だからといって安堵できるわけは無かった。
私は油断・慢心についてのレクチャーを先ほど受けたところ。
そもそもこの世界に囚われているということ自体が、Z世界に派遣されたほどの実力派であることの証明であるのだから。
「殴り合いがお好みではないのなら、どうやって勝敗を決めるつもりですか。」
いつでも蹴りかかることができるように迎撃態勢を取ったうえで、相手の話に乗る。
「話し合いだよ、話し合い。というよりちょっとしたゲーム?
ほら、言うじゃない、ラブアンドピース?ってやつ?
暴力的なのはナシにしようよ。」
「嫌だと言ったら?」
「残念ながら拒否権は無いよ。
なんなら試しにボクのこと殴って……いや、腕無かったね。
訂正。なんならボクのこと蹴ってもいいよ。」
「ではお言葉に甘えて。」
言い終わるか終わらないかの内に、全力で踏み込み蹴りを放つ。
しかし予想されたことではあったが、やはり手ごたえは無く、今この場では本当に暴力の類は制限されているようだった。
「わあ、容赦ない一撃。
でも好きだな、そういうの。
まあでも、」
そろそろ始めようか。
その言葉とともに今までの二戦とは異質な、戦いですらない何かが始まる。