Za00001世界 始点の支配域 【三下】
「はははははは!
いーい動きするじゃん!!」
拳を振りぬく動作にためらいはなく、男は休む間もなく絶えず近接戦を仕掛けてくる。
音を立てて空を切る蹴り。
空間を抉るかのようなストレート。
それらがまるで物理法則を無視したかのようにアクロバットな連撃を見せる。
いや、まるでというより、実際に物理法則を無視しているのだろう。
「なあ、知ってるか?知るわけないか!
委員会のエージェント同士の戦闘なんて事態になることは、本来あり得ないもんな!
教えてやる、エージェント同士の戦いってのは、相手の想像を上回った方が勝つんだよ!
つまりおまえはおれに、絶対に勝てないんだ!」
私は目にも止まらぬ猛攻を避け続ける。否、避けるので精いっぱいだ。
そんな折、Cr321の誇らしげな言葉がやけに引っ掛かった。
「おまえのエージェントコード、Ihだったっけ?
その程度のぽっと出が歴戦のエージェント、このCr321様に噛みつこうだなんて、おこがましいとは思わねえのか!
渡ってきた世界線の数が、脳に身体に刻んだ無数の経験が、勝敗を決めるんだよ!はははははは!!」
「……なるほど。つまり、経験で劣る私ではあなたには勝てないわけですね。」
私のその発言の後ピクリと。眉をひそめたCr321。
動きを一度止めた彼は、ニヤリと笑みをたたえた。
「……いいね、おまえ。
自分ではおれに勝てないだなんて口にしてる割に、その言葉自体は大嘘と来たもんだ。
おまえ、心ん中ではおれに負けるわけがない、そう思ってるだろう。」
そう言う彼に、私は少なからず驚く。
その口ぶりはまるで、私の本心が透けて見えているかのよう。
「うーん……まあ、いっか。隠すことでもないし。
ええ、はい、そうですよ。
私が、あんたなんかに、負けるわけがないじゃないですか。
口を慎めよ、三下。」
「くっくっくっくっく。
それは本心だな。嘘の匂いがしねえ。
……さて、お楽しみに水を差しちまったな。続きと行こうか。」
そして再び襲い来る、予備動作をも無視した空間を抉るかのようなストレート。
しかし今度は、私はその拳を避けようとはしなかった。
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「ガードに使った左腕を完全に捨てて、確実に急所を穿つ文字通り必殺のカウンターパンチ。
流石、あのエージェントAa004が優秀だと評した弟子だというだけはあるねえ。」
つい先ほどまで確かにそこにあったCr321の遺体が、沈んでいた血だまりとともに形跡さえ残さずに消えた。
それと同時に、まるで最初からそこにいたかのように現れたのはエージェントAa021。
そう、エージェント“Aa021”。
そのコードネーム。疑う余地のない実力者の証だ。
「……先生から、お噂はかねがね。
エージェントAa015と並ぶ、最強のエージェントと呼ばれた先生が一目置いている人間の一人だと。」
「はっ、馬鹿言うんじゃないよ。
あの化け物二人に比べりゃあアタシなんて……おっと。それは言わないようにと生前?に指摘されたんだったな。」
即座に襲い掛かってきた先ほどのエージェントCr321とは異なり、彼女は律儀にこちらの言葉に付き合ってくれる。
……だが、おかしい。
この世界は想像がものを言う世界。思いがすべての世界のはずだ。
にもかかわらず、血こそ止まれど先に捨てた私の左腕が再生しない。
「ああ、もしかして腕を再生させようとか思ってるのかい。
残念だったね、この連戦、受けた傷は治らないよ。そういう世界のルールだ。
ゲームって知ってるかい?知ってたらあれの勝ち抜きボス連戦みたいなもんとでも思いなよ。」
「そう、ですか。」
回復は、望めない。
どうもその言葉は嘘ではなさそうだ。
すぅー。
はぁー。
「……よし。先輩、胸をお借りします。」
「ん。来な。」
状況は不利。
相手は熟達の猛者。
けれども私はエージェントIh014。
師を失ったあの時に誓ったのだ。
泣き言も、弱音も、逡巡も。
全て投げ捨てて、強く進むと。