Ld84882世界
「姉御、今まで本当にありがとうございました。
不肖ながらこのエージェントKa893、研修制度を終えることができるのはひとえに姉御のおかげです。」
「アンタは本当に謙遜するねえ。
謙遜なんかしなくとも、アンタは十分すぎるほど優秀だから自信を持ちなよ。」
「いえ、姉御のおかげです。
少なくとも研修中に2回、姉御に命を救われました。」
これまでに両の指では数えることのできない、何人もの新人エージェントを研修生として指導してきた。
研修は有望なエージェントが育ち切るまでに消滅することを防ぐための制度で、当たり前だが研修生が自らの命を危機に晒してしまうことなど日常茶飯事だ。
そのうえで2回という数字がいかに少ないことなのか説明してやろうと思ったけれど、止めた。
どうせ何を言っても、この男エージェントKa893は自分を下げてアタシを上げることを忘れたりはしないのだ。
「まあ、じゃあそういうことにしておくよ。
でも、正直なところ、アタシもホッとしてるのさ。」
「何がですか。」
「また新たな研修生を、立派な一人前として送り出せることにさ。」
Ka893の鋭い眼光がアタシに向けられる。
ただ、コイツは単純に強面なだけでその視線に負の感情など込められてはいないことはもう知ったことだ。
初めて見たときにはガンを飛ばすような目つきに190㎝はあろうかという筋肉質な身体、抗争でも経験したのかという顔の傷から随分とやりにくそうな研修生を受け持ってしまったと思ったものだが。
「アタシはどうも、他の同期の連中に比べて新人育成が苦手みたいなんだよ。
というかそもそも、エージェントとしての実力・力量も他と比べれば劣る自覚があるしね。」
これまでの受け持ってきた研修を振り返る。
流石に正確に覚えているわけではないけれども、おそらく自分が受け持った研修生たちで無事に研修を終えた人物の割合は50%を切るだろう。
いや、もしかしたら、下手をすれば30%を下回るかもしれない。
「アタシの同期は化け物ぞろいでさあ。
エージェントAa015っていう男は普段はヘラヘラしてるクセに、いざ危機が迫ると何か超感覚的なものでも持ってるんじゃないかってくらいに人が変わるんだよね。
あと、エージェントAa004。あの男は本当にすごいよ。
転生撲滅委員会、最強のエージェントだって言われてるくらいだ。
二人とも話を聞く限り、新人育成も随分と得意みたいだったねえ。
きっと今でも元気だろうよ。他にも……」
「姉御、もういいです。」
思い出に浸るように語るアタシの言葉を遮られる。
Ka893眼光は、やっぱり鋭いままだった。
「失礼を承知で申し上げます。
他のエージェントがどういう人物であろうと、過去に姉御についていけなかった研修生が何人いようと何も関係ありません。」
ただ、いつもより少しだけ口調が強い。
「このエージェントKa893。
師事して学ぶ相手は姉御しか考えられませんし、現に姉御のおかげで今こうして研修を終えます。
不出来な自分が言うのもなんですが、どうか姉御、自信をもってくれはしませんか。」
そこまで言い切ると、彼はその大きな体を折り曲げて頭を下げた。
……まったく。
おまえは外見とは裏腹に、愚直なまでに真面目なヤツだよ。
「くっ、ふふふ。」
思わず笑いがこぼれる。
その声を聞いたKa893は頭を上げる。
「ああ、そうだな。
ガラにもなくちょっとばかりネガティブになってたみたいだ。」
「姉御。」
「うん?」
「このエージェントKa893、最強を目指します。」
突然宣言した。
ただ、その意図は言わずとももう伝わってきている。
「エージェントAa021に教えを受けた身として、その師の優秀さを広めるために。」
「ふふふふ、そりゃあいい。
頑張れよ。まだまだアタシもおまえに追い越される気はないけどな。」
「それでこそ姉御です。」
そうしてアタシたち二人は滞在猶予が切れるまで。
屠ったばかりの転生者と、天使の群れの死体に囲まれながら話を続けた。