記憶の混線-1-
何の因果か。
エージェントAa015が最期に覗き見た、誰も知り得ぬ彼の記憶。
「――つまりここは生前に積んだ善行・悪行を決算し、それに見合った分の来世への要望を叶えてさしあげる場所、ということです。
もちろん、すべての意識がこの場所に辿り着くわけではありませんが。」
「それはまた……なんというかゲームの二週目ボーナスみたいな話ですね。」
僕、エージェントAa004は死んだ。
不思議なことに、直感的にそれは理解できている。
死んだらどうなるのかと妄想を膨らませることはあったけれど、実際に味わってみた感想としては「意識の海に居る時の感覚に似ているなあ」ということだ。
黒……といっていいのかよくわからない、目を閉じた時のようなあの感じ。
どこでもない、何色でもない空間を、ただ意識だけがさまよっているような、そんな感じだ。
もしかしたらここは広い広い意識の海の、どこか一部なのかもしれない。
あるいは、僕たち転生撲滅委員会が意識の海と呼んでいた場所の方が、本当の意識の海のごくごく一部だったのかもしれないな。
「ゲームの二週目という例えはどうかとは思いますが……けれど大抵はどこの世界にも昔から伝わっているのですよね?
よりよい来世を迎えたければ善行を重ねなさい、といった旨の教えが。」
「ああ、確かに。そういう宗教はいくつも。
僕は宗教には疎かったけれど。それでもより真面目に、一生懸命に生きた人間が来世で報われるべきだって考えには心から共感できますよ。」
「ふふふ、ですよね。あなたの根本はやはり善に傾いているようです。」
この場所?にも相手がいた。
姿形すら認識することの無いこの場所で、意識に直接語り掛けてくるその存在は名乗りすらしなかったけれど、僕は勝手に天使や神様のようなものだろうと納得していた。
転生撲滅委員会の、意識の海でのあの声とは何かが根本的に違う。
この声の紡ぐ言葉は無条件で信じられる、そう思わせるだけの何かがあった。
「……ただ、あなたが成したこれまでの一連の行為は、あまりにも評価が難しい。
驚くべきことにあなたの生前に成した行為によって救われた人間の数は億の単位を超えます。
これは素晴らしい善行と言えるでしょう。
しかし逆に、間接・直接を問わずあなたが殺した命もまた膨大なものになります。
それは、あなた自身理解していますね?」
それはそうだ。
世界を救ったことも、逆に世界を滅ぼしたこともあるのだ。
億の単位など当然超えるだろう。
……そう考えると、まるで僕は神か悪魔のようだ。
「はい。僕は大量の人間を直接的にも、間接的にも殺しています。
たとえそこに『転生者・転移者を排除することによって世界線の乱れを正す』という大義があったとしても、やすやすと許される行為ではないと理解しているつもりです。」
「――っ。」
この場所では相手の姿は見えない。
だから、相手の様子を思い浮かべるための材料は声色のみだ。
その声色が、明らかに悲痛なものに変わった。
「そう、そこなのです。
……ここからは、覚悟を持って、聞いてくださいね。」
覚悟と言われても意識だけのこの身に、話を聞く以外にいったい何ができるというのか。
そんな自虐めいた思考は、次の言葉で完全にかき消された。
「あなたの行った『転生者・転移者の排除』は、世界線の乱れを正すことにつながりません。
……いいえ、正確ではありませんね。
そもそも、世界線の乱れなどというものは初めから無いのです。」
「……は?」
一瞬で、頭が真っ白になった。