Sy10592世界 夢幻領域 【夢葬】
「癒せ、精霊よ。」
エージェントAa004が呟き、そして血が止まる。
みすみす回復を待ってやる義理など無い。
もう一度距離を詰めての右拳――と思わせておいて、直前で空を振り抜く。
空圧拳。全力で振り抜いた拳の威力を、時間差で相手にぶつける荒業だ。
「跳ね返せ、亡霊よ。」
「……うおっ!!」
だが、俺の技はかき消された。
それどころか、そのまま俺のもとへと跳ね返ってきたのだ。
跳ね返ろうとも空圧拳は自分の技。
身体を無理やり倒すことで回避自体には成功することはできる。
だが問題は、エージェントAa004は反撃してきたという事実だ。
「許してくれとは言わない、言い訳もしない。
死んでくれ、エージェントIh014。」
無論、俺の『テリトリー』が解除されたわけではない。
俺が地の声を発しようがエージェントIh014らしからぬ行動を取ろうが、エージェントAa004は俺のことをエージェントIh014と認識せざるを得ない。そういう力なのだ。
ならばなぜ反撃をされたのか。答えは簡単だ。
奴は、自らが最も戦いたくないと感じる相手をも、殺す覚悟が決まったというだけの話だ。
「本来、そんなに簡単に割り切れるもんじゃあないだがな。
やっぱりおまえもイカレてやがる。」
自らが最も戦いたくない相手とは例えば親から見た我が子であったり、その逆の子から見た実の親であったりする。
もしも肉親・親族以外の誰かに見えるのであれば、その人物はそれ以上に大切な誰かだということになる。
当然戦う、つまり殴り合うことにすら抵抗を覚えるような、まして殺し合うなどとは到底許容できないような間柄の人物に、俺は認識されているのである。
にもかかわらず、エージェントAa004は明確な殺意を持って反撃をしてきたのだ。
ならばもうこれ以上、自身に能力維持の精神的負荷をかけてまで『テリトリー』の拡張を続ける理由は無い。
「拡張、解除。」
解除の直後、エージェントAa004の脳内には一瞬では処理しきれないほどの情報が入っているはずだ。
目の前の人物が別の人物に変わったことに、それはすなわち自らが精神攻撃の術中にあったことに気が付くだろう。
その思考の乱れによって生じる隙を――
「召喚、ドラゴン・アナンタ。」
「くっ!?」
いつの間にか腰に付けていたデッキケースからカードを一枚抜き取り、エージェントAa004は宣言する。
同時に俺の真上に空から降って落ちる、馬鹿でかい大きさを持った大蛇。
常に優位を保つことを心掛けていたつもりが今や後手に回っていることに焦りを感じながらも、反重力魔法をかけて空へと向かわせることで対処する。
「合成召喚、アジ・ダハーカ。」
間髪入れずに続けられる宣言。
今度は三頭三口六目、広げた翼は天を隠すのではないかというほどに巨大な蛇とも龍とも人とも言えぬ怪物が現れる。
再び反重力魔法を試みるも効果は無く、やむを得ず真っ向から迎え撃とうと生命エネルギーである気を高める。
「さっきは精神攻撃をもらったようだね。
お返しだよ。」
俺が一つの戦術として空中に展開した炎塊を囮にしたのと同様、怪物アジ・ダハーカとやらも囮だったのだと気づいた時にはもう遅かった。
エージェントAa004の両の手は、俺の頭部を鷲掴みにした。
「夢葬・『自閉探索』。」
その言葉を最後に耳にし、俺の意識は深く、暗く堕ちて――