Sy10592世界 夢幻領域 【決死】
太陽と思しきものはない。
すなわち光源が無いはずなのに、視界はせいぜい薄暗い程度。
建物の一軒も、木の一本さえもない、延々と続く殺風景な平地。
ここ、Sy10592世界『夢幻領域』に転生者が存在したのは幸運だった。
過去、他でもないエージェントAa004本人から聞いていたSy10592世界、『夢幻領域』。
それは己が殺めた人間を具現化する場所であり、また世界そのものにあらゆる理を受け入れる素地がある場所でもある。
であれば俺、エージェントAa015が、エージェントAa004と対等に戦うことのできる世界は現状において他にはなかった。
相手が世界線同調などという反則技を持っている以上、対等の条件に持ち込める環境選択は絶対条件だったのだ。
一時的に他の全エージェントの任務を停止、俺だけが転生撲滅の任に就くことを意識の海で進言した。
転生者を殺しているのが俺だけとなれば、必然的にエージェントAa004が現れるのも俺のもとということになる。
残る問題は『己が殺めた人間すべてが襲いかかってくる』世界で俺が生き延びることができるかどうかということだったが、これから戦おうという相手であるエージェントAa004に出来たことだ、それができないのであれば元から戦ったところで勝ち目は無い。
むしろ、転生者は及び過去の亡霊共はエージェントAa004と戦う前の前座であり、準備運動くらいのものでなければならなかった。
「……いくぞ、エージェントAa004。」
「来い。エージェントAa015。」
そして今、俺とエージェントAa004は、殺風景な世界で殺し合いを始めようとしている。
黒い騎士としか呼びようのない顔まで隠れる完全装備の騎士、ではない。
もはや正体を隠す必要もなくなったエージェントAa004は、昔のままの姿で俺の目の前に立っている。
前座のおかげでこちらの身体は十分に温まっている。
不意打ちの機会を捨ててまで対話をすることで、かつての仲間を殺すことへの未だわずかながら残っていた自分自身の抵抗感も拭えた。
すぅ、と息を吸う。
「『死ね。』」
仲間を殺された憎しみ、俺たちへの裏切りに対する怒り。
負の感情の言霊を込めて呪いの言葉を放つ。
「っ!!」
苦悶の表情を浮かべながらも、即座にエージェントAa004は両の手で耳を塞ぐ。
もとよりこの初撃で決着がつくなどとは思ってはいない。
この呪言は耐性の無い者であれば聞いただけで死に至らしめるという文字通りの必殺の技であったが、事実、エージェントAa004は一瞬怯んだだけで済んでいる。
おそらく防護結界や抗毒膜といった類のものを、何種何重にも全身の内外にかけているのだろう。俺と同じように。
だが、一瞬の隙ができたこと自体が何よりの成果だ。
「拡張、『テリトリー』。」
俺は肉体強化だとか、自身の肉体を駆使する戦闘スタイルが好きだ。
性に合っているし、身体が、心がそれに慣れている。
実際に先の世界、Gz08917世界ゲートオブラグナロクでも同じような戦い方をした。
しかし俺は熟練のエージェント、それしかできないわけでは決してない。
あらゆる戦略・戦術を用いて、決死の覚悟で臨む。
そう、たとえ死んででも、こいつはここで始末する。
俺の守るべき者のために。