Gz08917世界 ゲートオブラグナロク 【会話】
殴り飛ばした己の敵が、未だ健在であることは空気で分かる。
それは胡散臭い言い方にしかならないが、歴戦の経験による勘に依るものだとしか表現しようがない。
自分に敵意・殺意を向けている者の気配を悟ることも出来ずに、ベテランエージェントとして生き延びることなどできないからだ。
そして間違いなく、今、俺が相対している敵にも同じことができるだろう。
「ふ、ふふふ。
相変わらず、惚れ惚れするような格闘術を使うね、エージェントAa015。」
吹き飛んだ先で僅かばかり停止した後に立ち上がった奴は、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。
砕けた鎧、口には吐血の跡。
見るからに大きなダメージを負いながら、足取りさえふらつきながらも、それでも言葉を発しながら、近づいてくる。
俺との距離はまだ十分にある。それでもはっきりと声を拾えるのは俺が己の感覚器官も強化しているからだが、どうもあの野郎はそれも織り込み済みのようだ。
「なんだ、正体不明の黒い騎士(笑)ごっこはもうおしまいか。」
「まあね。
そもそも、本当は正体を隠さなきゃいけない理由だって無いんだ。
だって、出会ったエージェントは必ず殺さなくちゃならないんだからね。」
「なるほど、トチ狂ったか。
無理もねえ、確実におまえは死んだはずだからな。
それは他でもない俺が、この目で確認している。」
「トチ狂った、か。
うん、そうなのかもしれないな。
たしかに僕は、He83245世界で命を落としているんだから。」
遠距離で声を大にしているわけでもないのに会話が成り立つ。
やはり野郎も感覚器官含め、身体強化の類の効果を受けている。
まともな会話が成立している。
何者かの傀儡というわけではなさそうだ。
意図的なのだろうがHe83245世界という当事者しか知り得ない言葉を出しているのも、エージェントAa004本人だという信憑性に繋がっている。
素顔こそ未だ見えないが、声も本人そのものだ。
今すぐにでも特攻を仕掛けたいほどの激情を押さえつけ、冷静な解析に努める。
無駄死には許されない。仮にここで決着をつけられなかったとしても、俺だけは少なくとも確実に生き延びろ。
そうでなければ、それこそジーナが無駄死にだ。
「戦闘中に相手がだらだらと言葉を並べ始めたら、何か意図があると考えろ。」
「時間稼ぎか、動揺を誘っているか、いずれにせよ会話に全ての神経を使ってはいけない。」
「……お互いに分かりきっていることだな。
で、おまえは何を企んでやがるんだ?」
「さてね。君こそ、何を企んでいるのさ。」
「さあな。」
お互いにけん制の意味を込めて会話を続ける。
しかしその間にも、距離は徐々に詰まってくる。
「ところで、おまえの不思議ネタを明かしてやろうか。
【世界線同調】。これがおまえの反則じみた世界線移動のタネだろう?」
世界線同調。
それは「自分の意識・器を依り代に、異なる世界線の理を適用させる」という、エージェントAa004唯一無二の技。
この世界線同調には、使えるのは一つの世界で一度きりだとか、反動で来る満身創痍の状態は意識の海へ帰還するまで治らないとか、他にも該当世界と縁のある世界の理ではないと自身の意識・器を依り代に適用させることができないだとか、条件があると以前に聞いた。
しかし、今のエージェントAa004が死をきっかけになんらかのタガが外れた状態なのだとすれば、これほど何でもアリな能力は無い。
転生撲滅委員会のバックアップを受けずに世界を巡ることも、その際に他の世界のチートじみた武具を携えて現れることも、「世界線同調を使っているから」で説明がついてしまう。
「……そうだよね。
僕のことをよく知っている君は、その結論に辿り着いてしまうよね。」
野郎の足が止まる。
そして殴り飛ばしたと同時に消えていた、ジーナを貫いた浮遊する剣が再び現れた。
それも、三本同時に。
「だから、なおさら君はここで殺さなきゃ。」
「おお。やってみろや。」