Gz08917世界 ゲートオブラグナロク 【夜闇】
俺たち派遣されたエージェントの意識が現地の世界で行動するための身体を指して器、もしくは肉体と呼ぶ。
それぞれのエージェントにはどの世界線に行っても同一の器が用意されるが、その身体能力等は世界ごとに変動する。
だからこそ前の世界では世界最強レベルの能力を有していたのにも関わらず、次の世界では子どもにも喧嘩で勝てないなんてこともざらにある。
これは、エージェントとして生きる者の常識だ。
ならば己を鍛えることに意味など無い、などと早とちりする者は、だいたい早死にする。
意識が続く以上、己を鍛えることには大いに意味がある。
得た技術が、有した知識が、積み重ねた経験が、エージェントをより盤石な存在へと昇華させるのだ。
「久々にイガラシ師匠の戦闘を間近で見ましたが。
あらためて、変態ですね。いやほんとに。」
「お。珍しい、おまえに師匠と呼ばれるとは。
研修制度終了と同時に私とアンタは対等なエージェントです。これからはイガラシと呼ばせてもらいます。じゃなかったか?」
「殊勝な心掛けでしょう?
……まあ、ここまで格の違いを見せつけられたら、久々に師匠呼びをする気分にもなりますよ。」
「はは、まだまだ若いもんには負けんぞ、なんつってな。」
穴の開いた壁を通ってこちら側に来たジーナと言葉を交わしながら、こと切れた転生者からナイフを引き抜く。
ナイフの投擲。はっきり言って、こんなものは子どもだろうが老人だろうが、肉体の強弱に関係なく誰にだってできる。
ただしそれを狙った場所に、正確に当てられるかは経験のみがものを言う。
何か一つの道に精通した者はよく「身体が覚えている」という言葉を使う。
だがそれは俺に言わせれば身体ではなく「魂が覚えている」のだ。
器の質が変わろうと、技術そのものに衰えはない。
だからシンプルな殺し合いとなれば、俺は強い。
様々な殺しの技術を、魂が覚えているのだから。
「で、だ。
俺たちの仮説通りならここからが本番、黒い騎士との戦闘に移行するわけだ。
おまえの時は転生者排除から10分も経たずに遭遇した、そうだったな?」
「正確な時間は流石に分かりませんが、そのくらいで間違い無いはずです。」
「まさかお行儀よくインターホン鳴らして入ってくる、なんてことは無いだろうしな。
予定通り、外に出るぞ。」
「了解。」
そもそもが壁がぶち破られ死体の転がるこの惨状だ。
この場から逃げ、そして戦闘を行うための最低限の装備を整えるとジーナに左手を差し出す。
「血塗られた手で悪いな。」
「私も同類ですよ。何を今さら。」
俺の能力は【自分と自分の一部に触れている人間の身体能力を強化する】能力。
仲良く手を繋いだ俺たちは転生者の部屋のベランダ、三階の高さから飛び出す。
民家の屋根をまるで忍者のように走り伝って、現場から距離を取った。
「ここまで用意しておいて、仮説は素っ頓狂なもので黒い騎士なんてどこにも現れませんでしたー、ってことになったら恥ずかしいですね。」
「そうなったらそうなったで仕方ねえだろ。
あるかどうかも分かんねえ帰還率低下の要因を探ろうってんだからな。」
「まあ、そうなんですけど……ん。」
夜の街、屋根の上。
俺たち怪しい二人組の、言葉が途切れる。
「……来たな。」
「あーらら。当たりですね。」
俺が足を止めるのと同時、ジーナも足を止めていた。
何も俺たちの息が合っていたというわけではない。
ただ単純に、互いの警戒心がそうさせただけだ。
「……。」
この夜闇の中、いったいどこから現れたのかは定かではない。
建物の屋根の上などという、他の人間とばったり出会うにはあまりに不似合いな場所で。
黒い騎士としか呼びようのない、顔まで隠れる完全装備の騎士が、こちらを向いていた。
「んー、そうだなあ。
まずは挨拶だな、こんばんは。」
左手は繋いだまま、頭を下げて見せる俺。
まずは会話の通じる相手かどうかを確かめる。
なんて、そんなつもりは毛頭ない。
油断してくれれば儲けものだ。
折った身体で死角を作り、そこからナイフを放ってみせる。
相手はいったいどれほどの化け物か。
お手並み拝見だ。