Gz08917世界 ゲートオブラグナロク 【前座】
その後俺たちは逃走経路の確保、身を隠す場所の選定、転生者を除く近隣住民への根回し等、準備に準備を重ねた。
Gz08917世界における予想滞在猶予期間は残り三日。
ここに至るまで事を起こさなかったのは準備に時間がかかったからではなく、この後予想される黒い騎士との対峙の際、選択肢の一つとして逃げの一手を残すためだった。
もしも彼我の戦力に致命的な差がある場合、玉砕覚悟で立ち向かうよりも生きて意識の海へ帰還することが最優先されるからだ。
三日間であれば命がけの鬼ごっこであろうと逃げ切ることができる。
それは客観的な自己評価だ。
「さて、と。
お隣さん、帰って来たみたいですよ。」
「そうみたいだな。」
隣室、転生者デルセントが帰宅したことを確認する。
とはいえこれは監視カメラを仕掛けていたわけでも何でもなく、階段を上り鍵を開ける生活音からの判断という原始的な確認の手法だった。
それというのも相手は仮でも何でもなくこの世界の殺し屋。
監視カメラなど仕掛けて見つかりでもすれば逃げられるか、最悪の場合逆に襲撃される恐れがあった。
「しかし律儀な殺し屋さんもいたもんですねえ。
毎日決まった時間に家を出て夜には帰るって、サラリーマンかって話ですよ。」
「実際にそういう風に見られたいんだろ。
ごく一般の青年が毎日不規則な時間帯に帰ってくるってなると、あいつはいったい何をしている人間なんだっていう疑惑の目を向けられやすいだろうしな。」
ジーナが軽口を叩き、俺がそれに答える。
これはいつもどおりに振る舞おうという彼女の意思の表れであり、集中のための準備でもあった。
あまりに気負いすぎると最善のパフォーマンスを発揮することはできない。
気負い、何かを背負えば背負うほど強くなるタイプの人間も中にはいるが、少なくとも俺やジーナはそうではない。
腰には大小異なる数本のナイフ。室内だがそのまま外に駆け出せるよう装備は万全。
他愛のない話をしながらも、俺たちはその準備を終えた。
「ふう。
じゃあ、やるか。」
「はい。
じゃあ、やりましょう。」
さあ、まずは転生者の狩りの時間だ。
その後は鬼が出るか、蛇が出るか。
◇
轟音。
同時にアパートの壁が崩れた。
あまりの事態に緊急停止しそうになる脳みそを無理やりに働かせ、臨戦態勢を取る。
崩れた壁の向こうには、拳を振りぬいた態勢の男。
それを認識した瞬間、男は尋常でない速さでそのままこちらに詰め寄って来る。
「ふっ!」
「おぉ、マジかコイツ。」
だがオレ、デルセントは殺し屋だ。
当然自らの命が狙われることも常に可能性の一つとして考慮している。
詰め寄ると同時に首元に振り抜かれたナイフを、転がるように辛くも交わした。
「死ね……!」
殺られる前に殺る。
それがこの場における最善手。
手加減は無用、【自分の身体から電気を放出する】能力を――
「!?」
発動しない……!!
能力を阻害するESPジャマーを使用しているのか、あるいはそういった類の能力か!
どのみちマズい、相手は既にナイフを心臓めがけて突き刺そうとしている。
……だが!
「!?
マジか、部屋着まで防刃使用かよ!」
今度は相手が焦る番だ。
初手のような首狙いではなく、心臓に向かって突き刺される形だったことが功を奏した。
防刃のインナーは見事に致命傷を防ぎ、オレは男の一瞬の動揺を逃さず距離を取る。
相手の動向を確認できるよう、視線は男の方を向いたまま。
しかしオレの身体はもうすぐ部屋の出口へ達しようと――
「ぐっ……ああああああああああ!!」
右目に激痛が走る。
何が起こったか、それは見ていたから分かる。ナイフの投擲だ。
先ほどまで握っていた刃渡りの大きいナイフではなく、見るからに軽い小さなナイフだった。
だがそれは動作を認識した後避けることすら許さずに、一直線にオレの右目を穿った。
「悪いな。
お前は前座だ。手こずってる暇はねえよ。」
激痛にうずくまる中、男の冷たい声が耳に響いた。