Or51017世界 人生演劇舞台 【序章】
エージェントJx490。
それが俺のエージェントコード。
自分が優秀なエージェントだという自覚はある。
それは決してうぬぼれなどではなく、客観的な事実だとも自負している。
研修制度という名のもとに向かった初任務で教官役のエージェントが命を落とし、結果として己の力のみで初陣から帰還したのが最初の世界。
その後の活躍から特例として僅か三回の任務を終えた時点で正規エージェントとして認められ、以降幾度となく世界を股にかけてきた。
研修制度の導入以来、後にも先にもここまで早く研修課程を終えるのは君だけだなどというお世辞じみた評価ももらったわけだが、実際にいくつも手柄を立ててきたのだ。
だからこそ世界線の壁だなんて大げさな用語がついていようとも、J以降の世界線にもラクな世界があるということだって実体験として理解している。
このOr51017世界は、台本がすべてを支配する世界。
生きとし生ける者には生まれつき頭の中に台本が浮かび上がり、その台本に定められた行動・生き方をするという。
それゆえ自分がどのような人生を送るかは初めから理解しているらしいが、それでも人々は台本という敷かれたレールの上を歩く。
台本に書かれていない行動を取ると天罰が下るとのことだがこれは迷信のようなもので真相は定かではなく、そもそもこの世界の人間は本能的に台本に抗おうとする意志は生まれないそうだ。
「ば、馬鹿な!
こんな結末、私の『台本』には書かれてなんかいない……!!」
そしてそれはつまるところ台本を持たない者、世界線を渡る者である転生撲滅委員会エージェントにとっては絶好の狩場なのである。
早々に転生者を刈り取った後、残りの滞在猶予期間をどう過ごすかということを漠然と考える。
「……お?」
我ながら、阿保みたいに情けない声が出た。
ただ、それも仕方あるまい。
遠くむこうから何か、得体の知れないものがこちらに向かってきているのだ。
この世界はOの世界線とはいえ、世界特有のトンデモな常識は台本くらいなもの。
魔法も無ければ超能力も無く、人は二足歩行で翼も無い。
人類が宇宙に進出しているわけでもなければ正体不明の怪獣が現れるわけでもなく、そういった意味では街並みや人々の文化等ごくありふれた世界の一つとも言えた。
そのはずだったのだが。
「おいおい、中二病かよ。」
もはや我が目を疑っている場合ですらない。
事実として、あまりにも世界観にそぐわない黒い西洋騎士風の人物が、剣を担いでこちらに一直線に歩いてきている。
「一応聞いておく!
俺は転生撲滅委員会エージェントJx490!
おまえも委員会のエージェントか!?」
距離は約10m。声を大にして問いかける。
可能性が無いわけではない。
エージェントの干渉事故には、意図せず以前の世界での装備や能力が反映されるというものがあると聞いたことがある。
俺の他にも送り込まれたエージェントが居たと仮定すれば、納得できる。
エージェントへの伝達事項のため、後から追加で新しいエージェントが送り込まれることだってそう珍しくはないことだ。
そして実際に転生撲滅委員会という言葉を聞いた途端、黒い騎士はその場で足を止めた。
「転生、撲滅委員会。ああ。」
何かしらを噛みしめるかのような男の声。
その声を拾いながら、俺はいつでも逃げ出せるように態勢を整える。
エージェントであったなら何も問題は無い。
ただ、もしも万が一、まったく別の何者かであったならば。
今の俺には立ち向かう術など何もないのだから。
「そう、エージェントだよ。だから君の先輩にあたるわけだ。
まあ、『元』、なんだけどね。」
次の声は、耳元で聞こえた。
そして冷たい鉄の感触が首元を通って――
「でも残念。さようなら。」