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Aa00056世界 日国 【教師】

 山口勇也、享年35歳、無職引きこもり。

 それが俺の生前。


 田中拓也、10歳、小学生。

 それが俺の今。


 俺はこの世界で、いわゆる転生者だった。


 せっかくの転生ならいっそファンタジー世界にでも生まれ変われば良かったのに、とも思った。

 しかし、元の世界とほとんど大差ないこの世界でも、やっぱり転生はロマンに溢れていた。



「う、うちの子は天才だわ!!」



 やることなすこと完ぺきにこなし、両親にちやほやされたり。



「わたしね、たなかくんのおよめさんになるの!」



 意図的に、美少女の幼馴染を作ってみたり。

 とにかく、まわりが馬鹿ばかりに見えて愉快だった。


 思うがままの生活は、楽しかった。



 けれどそんな、まわりの大人でさえ見下すような生活の中でも。

 改めて学校の先生はすごいなと思った。


 ヒステリックなクソババアや、超高圧的なクソジジイなんかも今までにはいたけれど。


 それでも今年の俺の担任の先生は、すごかった。



 担任の先生が病気のため代わりの先生が来ました、ということの意味は嫌でもわかった。


 学級崩壊を起こした俺のクラスで、投げ出したヒステリックババアの代わりにやってきた若い男の先生。あまりにも童顔で身長も低かったため、きっと外国で飛び級したのだとか根も葉もない噂が立った人。

 それが、四谷先生だった。


 朝の時間に教室で「おはよう!」と俺たちを迎えてから、「先生は朝のパトロールに行ってくるわー。」とか言いながら歩いて行く方向が、不登校の不良の家の方向だというのも察してしまった。


 朝、連絡帳を見て一瞬だけ辛そうな表情をした後、すぐに笑顔で授業を始めようとする姿が、とても痛々しく見えた。


 夜の9時に忘れ物を取りに行っても、当然のように残っていて声をかけてくれた。

 学校から家に帰るのには1時間以上かかるとかぼやいてたのに。


 授業を聞いていても、どうにか分かりやすく、どうにか面白く教えようとしてくれるのが伝わってきた。


 でもたまに、きっと準備不足な行き当たりばったりなんだろうな、と思う授業もあった。

 そんなとき、四谷先生は一瞬、すごく申し訳なさそうな顔をした。



 そして何より、四谷先生は心の底から俺たちを愛していてくれていた。


 真剣に叱ってくれて、全力で遊んでくれて、自分のことのように泣いてくれて。



 先生。


 なあ先生。


 俺、先生のこと、本当にすごい人だなと思ってるんだよ。


 生前の俺から見たら先生は俺より年下だけど、尊敬すらしてるんだよ。


 先生。


 なあ、先生。


 それなのに。


 それなのに、こんなことって、ありかよ。



「ごめんな、田中。」



 俺は四谷先生に刃物で刺されて、二度目の死を実感していた。




 ◇




 地球と呼ばれる一つの世界を仮にAa00000世界と定め、その世界が地球からどれだけかけ離れた世界かを表すのが世界番号。


 ゆえにAa00056世界というのは、魔法も無ければトンデモ技術もない。

 当然そこには秩序があって、人を殺めることが許容されるケースなどまず無い。

 任務をこなすにはあまり向いていない世界なんだそうだ。


 その難易度に加えて、前回は私、エージェントIh014が作戦を立案・実行したため、今回の研修は見学という形を取る、と。



「だから僕の、エージェントAa004の仕事っぷりでも見ていてくれ。

 まあ、見られるのは少し恥ずかしいけれど。」



 というのが、先生のお言葉。


 正直、助かった。

 前回は結局頼りっぱなしだった挙句、自分の非力さを痛感したから。

 この世界で先生と再会した直後、泣きついて感謝して、先生を困らせてしまったのも仕方ない。と、思いたい。



「あ、なんだったら研修っぽく、レポートなんか作ってくれてもいいよ。

 まあ世界線を超えて物体を持ち越すことなんかできないから、意味はないけどね。」



 そう言って、やっぱり先生は茶化しながら、担任代理の講師として小学校へと潜り込んだ。

 一学級20人の中に転生者がいると特定された、4年1組の教室へ。





 結論から言おう。

 私の先生、エージェントAa004の仕事っぷりは、すさまじいものだった。


 四谷四郎という名前で潜り込んだ先生は、全力で、寝る間も惜しんで仕事に励んだ。


 朝から晩まで休憩時間すら存在しない激務をこなしながら、保護者の対応に頭を下げ、同僚との良好な関係を築き、子どもたちの信頼を勝ち取った。



「よーし、今日の昼休みには全員で鬼ごっこするぞ!」



 そこにいるのは転生撲滅委員会のエージェントAa004ではなく、一人の若くて熱血な小学校教員だった。



「なりきるんだ。

 その世界の住人に。

 そうすることで、見えてくるものがある。」



 睡眠時間すらマトモに取れていないような毎日で、それでも先生は定期的に私と話し合う機会を設け、アドバイスをくれた。


 近くの教育大学生としてぼんやりと大学に通い、週に三回ほど教育大生のお手伝いさんという名目で小学校を訪れるだけの私は、せめてこの人の姿を焼き付けようと本当にレポートを書いてみたりもした。



「転生者、わかったんだ。」



 先生がそう告げたのは、この世界に来て約二か月が経ったころだった。

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