“1”
転移者たちの屋敷を襲撃してから二日目の朝。
この日の僕は、朝から何か予感めいたものを感じていた。
それは具体的なものでは決してないが、きっと、おそらく、良い予感ではない。
けれど不思議と心がざわつくような何かでもない。
とにかく朝からなんだかふわふわしていたのは間違いなかった。
部屋を出る時には既にイガラシが見当たらなかったことを考えると、どうやら寝坊をしてしまったようだ。
自分で言うのもなんだが、僕が寝坊をするなんてことも珍しい。
「いてっ。」
「えっ。」
割り当てられた寝室から地下秘密基地内の食堂に向かう途中。
何もない場所で転んだところを、おそらく食堂からの帰りであろうアイとサティに目撃された。
「んふっ。あ、いや、ごめんフォーさん。」
「ふふふ、珍しいですね、先生。」
「ああ、うん。まあ、そんな日もあるよ。
あとサティ、謝らなくていいよ、逆に恥ずかしいや。」
僕を見て思わず吹き出しそうになったサティ。
そして微笑みながらクスクスと笑うアイ。
ずいぶんと恥ずかしい思いをしたように感じて、僕は二人の横を通り過ぎてそそくさと食堂に向かった。
「おはようイガラシ。隣、いいかな。」
「おう、おはよう。いいぞ。」
基地内部ということでそんなに広くもない食堂では、まだ多少混雑していると言えどもイガラシを見つけるのも難しくはなかった。
彼を見つけた僕は自分の朝食の乗ったトレイを持って同じ机に座る。
イガラシは既に朝食を半分ほど食べているようだった。
「ん?なんだ、おまえ今日……」
「え?」
「ああいや、オカルトじみてること言って悪いんだけどよ。」
僕の座った席はイガラシの向かい側。
ふ、とイガラシの目が僕と合った瞬間に、彼はそんなことを言い出した。
「死相が見えるぞ、気を付けろよ。」
「……はあ?」
フォークで僕を指しながら。
その言葉は何でもないように、軽く放り投げられた。
「一応聞くけど、何か根拠あるの?その死相とやら。」
「うーん、一応以前に死相が見えるとかいう世界に言ったことがあってな。あれはたしかJの世界だったか。
その世界では一目見たら、あ、コイツ今日死ぬわ、みたいなことがなんとなく分かってな。
それ以来、他の世界でもたまに、なんとなーくだけど死相が見える時があるんだよ。」
「……ちなみに今まで、その後の世界で死相が見えた相手が本当に死んだ割合はどんなもん?」
「どうだろうなあ、だいたい30%ってとこじゃねえかなあ。」
「あ、思ったより低い?
いや、けっこう高いのか?」
「まあなんにせよ、今日はちょっと気を付けろよ。
さて、ごちそうさまっと。」
イガラシは無責任な発言を残すと、その場に僕を残して去っていった。
死相が見えるぞ。
取り残された僕の中で、その言葉が何度もグルグルと回る。
「死相が見えるって言ったってなあ。」
我ながらけっこう繊細なんだなあと思う。
その後はあまり朝食も進まず、残りをなんとか胃に収めたころには食堂の人混みもすっかりと消えていた。
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再び基地内を歩く。
転生者を取り逃した僕たちは、次の一手を打つまでは一時待機ということで暇を持て余していた。
正確には他の組織員と同じく再び雑用事務に就く必要があったが、今日までは休暇として扱われている。
「あ、フォーさん。」
「ん、サティか。」
イガラシの言葉を真に受けたわけではないが、今日はおとなしく割り当てられている寝室で本でも読もうかと思っていたところでバッタリとサティに出くわす。
彼女は裏表のない性格でずいぶんと喋りやすく、傍から見ていてもイガラシとは良いパートナーだった。
「ちょっと聞いてくれないかな。
今日、イガラシと朝食を一緒にしていたんだけど、死相が見えるなんて言われたんだ。」
「あー。師匠、見えるらしいっすね、死相。」
お互いに特に何の用事があるわけでもない。
その場での立ち話に、サティは快く応じてくれる。
「でも、死相が見えるといってもどうにかできるらしいっすよ、アレ。
実は師匠がオレに初めて会った時の第一声、おいおいおまえ死相が見えてんじゃねえか、でしたし。」
「ふふっ、声マネ意外と似てるね。
けど、そうなんだね。ありがとう、ちょっと気がラクになったよ。」
声マネには自信があったのか、ふふんと誇らしげな顔をするサティ。
その後しばらく他愛もない話をすると、サティは暇なときに来てくれとダイジョウ博士に呼ばれているのだとその場を後にした。
「あ、そういえば忘れてた。
アイがフォーさんのこと探してるみたいでしたよ。」
「そっか、ありがとう。」
アイが探していた、か。
去り際に残してくれたその言葉で僕も進行方向を変える。
すると時間にして数分、基地内の通路を歩くアイはすぐに見つかった。
何か考え事をしているのだろうか、うつむいているアイはまだ僕に気付く気配は無い。
「やあ、アイ。僕を探していたみたいだけど?」
結局アイはすぐ近くで僕が声をかけるまで、僕に気付くことはなかった。
そこでようやく僕に気付いたアイは顔を上げるとハッと目を見開く。
「はは、驚きすぎだよ。」
声をかける僕に、笑顔を見せるアイ。
「ああ、よかった!!」
その声はまるで別人のよう。
……別人?
そう思った時には、既にすべてが遅かった。