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“2”

 異世界のからの転移者。

 それは帝国にとって御業に等しい奇蹟の証明であり、権力の象徴である。

 彼ら、彼女らが実在する限り、それがたとえ残り一人になろうと国民の狂信的な支持は絶えない。

 そうであるからして、革命を望む悪の組織にとって転移者は一人といえども逃してはならない対象だった。

 言うまでもなく、僕たち転生撲滅委員会のエージェントにとってもそれは同じである。


 だからこそ、今回で仕留めきることができなかったことの意味合いは非常に大きい。

 今後、残る一人の転移者の警護は盤石なものとなるだろう。


 僕たち巨大蜘蛛や狼男は相手からしてみれば間違いなく脅威だ。

 だがそれがどれだけ非現実的且つ暴力的であろうと、それが起こり得る可能性を事前に踏まえることができるのであれば対策が成り立たないことはない。

 おそらく、いや、確実に。次は今回のような一方的な蹂躙にはならない。


 ……再度思う。

 だからこそ、今回で仕留めきることができなかったことの意味合いは非常に大きい、と。



「転移者どもを残り一人にまで追いやったのです、後手に回った反撃としては上出来でしょう。

 ……と、言いたいところですが、正直なところ非常に苦しいですね。

 やられた、というのが正直な感想です。」


「誠に申し訳ありません。」


「申し訳ありません。」


「いえ、仕方がないでしょう。

 あなたたちは的確なタイミングで、最大限に力を発揮してくれましたよ。

 強いて言うなら、ワタクシたちに運が向かなかった、というところでしょうか。」



 再び新・謁見の間にてクロノ総帥とまみえる。

 僕とイガラシの二人は謝罪の言葉の他に発することができなかったが、当のクロノ総帥は悔しがりこそすれど僕たちの非を責めることはなかった。

 それがまたいっそう、僕の申し訳なさを加速させる。


 あの時はそう、いうなれば僕は上の空だったのだ。

 だからこそ、こんなにも情けないミスを犯した。




 ---




「イガラシ、すまなかった。」


「ああ?なんで謝るんだよ。」


「いやその、あの時僕の会話に巻き込む形になってさ。

 あの会話が少なからずイガラシの集中力を欠いてしまったんじゃないかと思って。」



 新・謁見の間を離れてともに基地内を歩くイガラシに告げる。

 今回の件、責任は僕にある。

 そう思えてならなかった。


 ただ、そんな僕を横目で見たイガラシはふぅーと長い息を吐いた。

 まるで、やれやれとでも言うように。



「まったく、そういう頭の固いとこはやっぱ変わんねえなあ。

 あのな、報告聞いたろう?集中してればどうにかなった、なんてもんじゃねえよ、あれは。」


「でも、」


「でももヘチマもねえよ。

 そもそも終わっちまったことをウダウダ考えてても仕方ねえ。

 次にどうするかを考えた方が有意義だろう?」



 イガラシの言い分はもっともだ。

 そしてたしかに、僕も報告は聞いていた。


 僕たちとは別行動で帝国側の動向を探っていたのはサティ。

 猫から人間へと変身する場面を見られていたのはアイだけだったらしいということが僕たちの襲撃前に分かり、今度こそ細心の注意を払ったうえで情報を集めていたのだ。


 その報告で分かったのは、転移者の一人はやはり無事に逃げおおせてしまったということ。

 そしてその逃げた方法というのが「別人に変身して逃げた」だなんて言われれば、そりゃあたしかに運が悪かった、仕方ないで済まされる部分もあるだろう。

 僕がどれだけ自責の念に駆られたところで、結局は仕方ないと言うしかないのだ。

 それは分かってはいるのだけれど、それでもモヤモヤは拭えない。



「それにしても、だよなあ。」


「……何が?」


「俺たちが変身してヤツらの意表を突いたと思ったら、今度は俺たちが変身によって意表を突かれたわけだよ。」



 イガラシが苦笑いを浮かべながら僕に向けて言う。

 言われてみればそうだ。洒落が利いている。



「まあいいや。さあて、ようやく休めるぞっと。」



 そんなこんなで会話を交わしながら基地内を歩く僕たちは、自分たちに割り当てられた部屋へと辿り着いた。

 ドアノブを回すとガチャリと開くドア。

 そこは窮屈な部屋で、あるのは二段ベッド。

 本当に休むためだけの部屋のようだ。



「流石に急遽決まった移転先だけあって、わびしいもんだね。」


「休めりゃあ俺はそれでいい。」



 そう言うとイガラシは真っ先にベッドの一段目に倒れこむ。

 夜中の襲撃に加え、その後はいるかどうかも分からない追手に細心の注意を払いながら転移者の捜索をしたのだ。気持ちは分からなくもない。

 ベテランのエージェントとて肉体を持つ以上、必ず疲労は溜まる。



「それじゃあ僕も。おやすみ、イガラシ。」


「ん?おお、律儀だな。おやすみ。」



 声をかけてから梯子を上り、横になる。

 身体がまるで溶けていくような感覚があり、あらためて自分に溜まった疲れを実感した。


 ただ、悪くない。

 肉体を持ち、疲れを感じ、他者と同一の場所で寝るというのは生を感じることができるのだから。


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