“3”
わたし、ティータの目の前で逃げ惑う自分の友だちが目の前で怪物に次々に殺されていくのは、まさに筆舌に尽くしがたいほどの衝撃だった。
それはあまりにも現実味が無くて、これは夢なんじゃないかと思いたかったけれども、元々ここは夢を見ているような世界で逆にリアリティがあるようにも思えた。
元の世界から異世界転移をしたわたし達私立シルフィード学院生20名は、襲撃から5分経ったかどうかというの僅かな時間でその数を半数の10名まで減らしていた。
「生き延びなくちゃ。」
しばし崩壊しかけた屋内で呆然と立ち尽くしていたわたし。
そんなわたしがポツリとつぶやいたのは、学院生がちょうどわたしを含めて残り7人となった時だった。
今まで呆けていたわたしの頭が急速に回転を始め現状を確認するとともに、どうにかこの状況を打破する方法を全力で模索した。
被害状況。
学院生13人。いや、今まさに15人になった。
全員一目見てすぐに絶命しているとわかるほどに容赦なく殺されており、ビート君を始め巨大蜘蛛に食われた人間に至ってはその身体の一部しか残っていない。
巨大蜘蛛と狼男の怪物たちは真っ先に逃げようとする人間から殺害するが、その視界の端では確かに私のことも捉えているようだった。
このままでは殺される。そこに慈悲は望むべくもない。
ただし、実はただ死を待つだけのこの状況をどうにか打開する方法も、無くはない。
わたしには元の世界でもごく一部の人間にしか使えない、変身魔法が使えるという特技がある。
問題は、その精度がとてつもなく低いということだ。
自分の顔を他人の顔に変えられることができる。
使用可能回数は二日に一回が限度。
顔を変えていられる時間は約30分程度。
変身は詠唱による魔法発動から約30秒ほどかけて緩やかに行われる。
声は変えられない。
背や体格も変えられない。
顔を変えるだけだから当然人間以外のものには変身できない。
ない、ない、ない尽くしだ。
そもそも元の世界では他の基礎的な魔法の適性が極端に低いことも相まって、自身のコンプレックスを深くさせるだけだった魔法だ。
顔を変えることができたところで、せいぜいいたずらに使える程度。
しかもわたしが変身モドキともいえることができることは周知の事実なため、実用的なことなどなおさら無い。
場所が変わり世界が変わろうとも、この状況下でいったい誰に化ければ見逃されるというのだろうか。
そうこう考えるうちに被害は増える。
学院生17人。もはや残る学院生はわたしを含めて3人。
この被害者の数の中にわたしが入るのももはや時間の問題か。
……被害。
被害者?
「え、英雄殿!!まほっ、魔法を!!」
警護の兵士の無責任で情けない声。
周囲を見渡す。
そこで気付いた。
これだけの圧倒的な蹂躙の中で、殺されているのはわたしたち学院生だけ。
つまり転移者だけだ。
怪物たちはいくら派手に屋敷を破壊しわたしたちの命を弄んでも、とても器用に転移者だけを殺害している。
警護の兵士たちの被害はゼロだ。
そこに怪物たちの思惑が何かあるのか、それはいくら考えてもわからない。わかるはずはない。
ただ、ヤツらはこの世界の人間に、少なくとも兵士には手をかけない。
その可能性に賭けるしかなかった。
「数多星々を駆ける我らが精霊様。
どうか卑しい私めの厚顔を、塗り替えください。」
半壊しつつもなお残る柱に寄り掛かるように一時的に姿を隠し、わたしは小さく呟く。
こちらの世界のごく平凡な一兵士の顔を思い浮かべながら。
ここからはもうどうなるかわからない。
そもそも体格を変えることもできず、兵士の格好をすることさえできないのだ。
せいぜい友だちの死体から男物の衣服を剥ぎ取って着るくらいのことしかできない。
もしもわたしの顔が変わるまでの30秒の間、怪物たちがこちらに来ず。
変わりきったわたしの顔でヤツらの目をごまかすことができ。
幸運にもこの場から逃げ切ることができたならば。
もしもそんな奇跡的なことが起こるとするならば。
……いや、その後のことはその時に考えればいいのだ。
今のわたしにはそんなことを考える余裕など無いのだから。
顔の変わりきったわたし。
男物の服に着替えたわたし。
その場から駆け出すわたし。
もしかしたらこの場でみんなと一緒に死ねた方が、後にのしかかる後悔と孤独感を考えるとラクだったのかもしれない。
しかし幸か不幸か、わたしはその場から逃げ出すことができてしまったのだ。