He83245世界 英雄帝国 【移転】
「そうですか、それは仕方ありませんね。基地を移動しましょうか。」
クロノ総帥への報告。
僕たちの報告を聞いた直後のその発言には、僕たちへの怒りや現状への焦りといった感情が一切含まれていなかった。
ただ淡々と、そうすべきだからそうしよう、そう言っていた。
「今回の件、誠に申し訳ありませんでした。」
「ま、誠に申し訳ありませんでした。」
「申し訳ありませんでした!」
「いや、全然構いませんよ。
そもそも、あなた方の今回の件が無くともいつかは必ずこの場所のことは割れていたでしょうからね。
それに。」
代表として報告を行っていたイガラシの謝罪を追ってアイとサティが頭を下げるも、やはりクロノ総帥は気にするそぶりを見せない。
それどころか、不敵に笑って見せた。
「この程度のことを予測できずに何が悪の組織ですか。」
まあ見ていなさいと、僕たちに見せる余裕の表情。
怪しい装飾品の立ち並ぶ謁見の間。
この男はここに座するにふさわしい人物だと改めて思った。
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機械的な多少のノイズが混じった音声が聞こえる。
「隊長。樹海の中にこれだけ巨大な施設があって、なぜ今まで表沙汰にならなかったんでしょうか。」
「考えられる理由はいくつか。
一つ、ただ単純に樹海に入ろうとする人間が極端に少ない。
二つ、組織にはデカイ権力を持ったバックが存在する。
三つ、わけのわからない意味不明な謎技術で隠蔽していた。」
「一つ目、二つ目は理解できるんですが……。
なんですか三つ目の、わけのわからない意味不明な謎技術で隠蔽していた、って。」
「想像もつかないような何かで隠してたってことだよ。
おまえ、そもそも今回のこの施設、どうしてこの場所にあるってことが分かったか知らねえだろ?」
「そりゃあまあ、僕達末端にまではそんなことまでは知らされていないですし。」
「……英雄の屋敷に出没する猫が、人間になってこの樹海に入っていったんだそうだ。」
「はあ?
あ、いや、申し訳ありません。」
「いや、いい。
そりゃあこんな話を聞いたら誰だってそんな反応になる。」
「なんですか、それ。
その、猫が人間になったって、失礼を承知ですが隊長は信じているんですか?」
「信じていようが信じてなかろうが、事実として謎の何かしらの施設は見つかっちまってるんだよ。」
第二級避難連絡、コード312。
その意味するところは、現時点をもっての現秘密基地の放棄。
最低限のデータ等を持って、速やかに基地番号312の秘密基地へと集結せよ。
クロノ総帥の発令から数時間後、今や旧秘密基地はもぬけの殻になっていた。
流石に大きな研究機材等はそのまま放置された形だが、そこに情報が無い限りは使用法はおろか、それが何の目的を持つかすら分からないようになっている。
「で、ちゃんと盗聴器は設置してきてある、と。
いや、すげえな。素直にそう思うわ。」
旧秘密基地に訪れた帝国の部隊の会話。
盗聴されたそれに耳を傾けながら、イガラシが呟く。
その口ぶりは僕に同意を求めるようなものだった。
「総帥っていう肩書きが飾りになってないよね。
敵じゃなくてよかったな。」
イガラシと僕が言葉を交わすのは基地番号312。
新しい秘密基地のロビーだ。
数時間で移動することのできる距離ということで侮ることなかれ。
なんと新しい秘密基地は地下秘密基地。
それも、転移者たちの暮らす屋敷から1㎞ほどの距離という好立地の地下基地だ。
改造手術といい地下秘密基地といい、この組織はわけの分からない技術力を持っている。
「あの、先生、イガラシさん、総帥がお呼びみたいです。」
「ん?基地の移転早々の呼び出しってことは、こりゃあ何かデカイことだな。
サティ、お前も一緒か?」
「ああ、改造人間四人全員、新・謁見の間に来るようにってさ。」
先ほどから少しばかり姿の見えなかったアイとサティが、僕とイガラシのもとにやって来る。
クロノ総帥からの伝言を受け取ったという二人の面持ちはどこか不安げで、なんだかこちらまで心がざわついてくるような気がした。
そもそも、こういう時の何かデカイことが起こりそうだというイガラシの予感が外れたところを、僕は未だかつて見たことが無い。
そして。
やっぱりというか。
「避難ご苦労様でした。
さて。それじゃあ今から転移者たちをぶち殺しに行きましょうか。」
「……今からですか?」
「今からです。」
新・謁見の間にてクロノ総帥は、とても良い笑顔で僕たちに言い放った。




